−風来坊の砦−
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2004/04/14(水) 突発小説第1弾 『桜』
            「桜」



まもなく都の入り口へと差し掛かる山科の付近に着いた時、綻び始めた桜の花が目に入った。

「桜が俺達を出迎えてくれたのか…」
と、いち早く声を上げる男の言葉に、「風流ですね」と山南が笑顔で相槌を打った。
二人の様子を背中越しに眺めながら、俺はそっと、近くまで伸びている桜の枝に手を伸ばした。
軽く触れただけのつもりだったが、枝に二つ三つ開いていた花びらは、たやすく風の中に散ってしまう。
これだから…


「…桜は嫌いだ」

小さく呟いた俺の言葉に、前を歩いていた二人は驚いたように振り返った。
「どうした、トシ」と禁じたはずの呼び名を口にする幼馴染みは、思い出したように「ああ、お前は梅の方が好きだったな」と勝手に納得している。
自分が言った言葉が、何年か前のその一言が、小さな花びらを重く散らせているとも知らずに。


「桜はいいよな。潔く咲き、潔く散る。武士の生き様そのものだ」

満開の桜の下を歩きながら、勝ちゃんは満足気に何度も同じ言葉を繰り返している。
川辺の土手に咲き並ぶ薄紅の花は今、その盛りを迎えていた。
「…武士の生き様、ねえ」
毎年のようにその下を肩を並べて歩き、同じ風景を見、同じ台詞を聞く。
もはや春の恒例行事とはいえ、余りに毎年のことなので、俺は多少うんざりしていた。
桜を見ると勝ちゃんの顔が浮かぶほどだ。
そう思えば、やわらかな雰囲気はどこか桜の花と似ているかもしれない。

「お前、いつも同じことばっかり言ってんな」
「悪いか」
「よく飽きねえなと思ってさ。俺は飽きたぜ、もう」
「聞いてるだけだろうが、お前は」
「だから、聞き飽きたんだよ」

怒りそうな台詞にも、勝ちゃんは笑う。鮮やかな桜に、よく映える笑顔だ。
だが次の瞬間、笑みは消え、ひどく真剣な眼差しで勝ちゃんは桜を見つめた。

「…俺も、そう生きたいと思う。志の為に潔く生きて、潔く死ぬ、武士の道を…」

風が吹いた。
幾枚かの花びらが風に舞った。
勝ちゃんの視線が散った花びらを追う。
俺は頑固に、枝にしがみついている桜の花だけを見つめていた。
満開の花を見て、散る瞬間を考える。それが、俺には嫌だった。


桜は、嫌いだ。
潔いという言葉に飾られた、その脆さが。
あの力強い笑顔が、風にあおられ散りゆくものならば。


視線を戻すと、あの頃と何ひとつ変わらない笑顔がこっちを見つめていた。
「今年は京で花見が出来るな、トシ」
懲りずに名を呼ぶ弾んだその声に、また同じ事を聞かされるのかと内心苦笑しながらも、俺は小さく頷いて見せた。


守りたいのは、満開の桜。その花を散り急がせるものならば…


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