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2004/04/22(木)
小説 『決意』A
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「お疲れ様。さっきは見事だったぜ。見直した」 「そうか?まあ、芹沢さんも潮時だったんだろうし」 「いや、あんたじゃなきゃ誰も芹沢を止められなかった」
あの時は本当に必死だった。炎の前だという事も忘れるほどに無我夢中で目の前の男と対峙した。芹沢の意地を翻すことができたのは、誠意が伝わったからだと、勇は考えている。だが、面と向かって発せられた歳三の素直な賞賛の言葉には少し照れ臭さを感じ、勇は小さく鼻をすすった。
「…なあ、お前、気付いてるか?最近俺のことをあんたって呼ぶの。前はお前って言ってたのにな」
火鉢の中で赤く熱された炭がパチパチと小さな音を上げて弾けている。視線の先の歳三の横顔にも赤い光が映っていた。火箸で其の中をかき混ぜながら、そうだったかな、と歳三は呟いた。
「俺に賭けると言ったな」 「ああ」 「お前が一体俺にどういうことを望んでいるのか知らないが、期待に応えられるかはわかんねぇぞ」 「…俺が期待している訳じゃない。あんたが俺に期待させるんだ」
火箸を動かす手が止まった。勇の顔を真っ直ぐに見つめ、歳三は赤い色を映した真剣な表情で、きっぱりと言った。
「大丈夫だよ、お前なら」
返す言葉見つけ損ね、勇は黙ってその顔を見つめた。わずかな沈黙が流れ、火鉢の中で弾け続ける炭火の音が大きく部屋の中に響いた。鉢の中の小さな赤い炎は、先程までの焚き火を思い起こさせる。 しばらくの沈黙の後、歳三が腰を上げた。
「明日も早いんだろ。もう寝ろよ」 「…ああ」
いつのまにか凍えていた身体はすっかり温まっている。傍に人がいた所為かもしれない。勇はぬくもりを取り戻した肩から、布団を下ろした。 部屋を出ようと障子に手をかけたところで、歳三が何かを思い出したかのように、振り返った。
「…勝ちゃん」 「ん?」 「一緒に何かデカイ事やろうな。京で…」
小さな微笑を頬に浮かべそれだけ告げると、おやすみと呟いて歳三は部屋を出て行った。誰もが寝静まっている深夜の廊下を、足音を響かせないように気をつけながら、気配が遠ざかってゆく。その姿を黙って見送った勇は、その大きな口元に明るい笑みを浮かべた。
「あいつ…覚えてたのか…」
一緒に何かでかいをしよう、それは何年も昔、薬の行商をしていた歳三を試衛館に誘った時に、勇が言った言葉だった。何もかもが明るく、きっと何かできると今よりも純粋に思えた頃。その言葉を、歳三は覚えていたのだ。 勇は心の中にあたたかいものが広がるのを感じて、思わず微笑んだ。
歳三はこれから変わっていくだろう。 怠惰で歯がゆかったこれまでを忘れるべく、厳しく自らを戒めていくのだろうか。 だが、きっと心の奥の想いは変わらない。 あの日の青空の下で交わした言葉を叶えるために、自分と共に武士になるその夢の為に、勇にもまた変わる事を望んでいるだけなのだ。
やっと、昼間の歳三の言葉の真意がわかった気がした。 小さくなった火鉢の中の赤い燻りを見つめ、勇は歳三を信じる決意を掌の中に握り締めた。
「ああ…そうだな、トシ」
朝焼けを迎えるのは、もうまもなくの事だ。
― 終 ―
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