asonikki
香房 やまぶどうの日々を追っかけます。
染織工房、ティールーム、畑の管理と結構忙しい日々です。
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2004年10月
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2004/10/31(日) よかったね
朝からの雨も午後には上がり少し寒さも緩んだ感じの一日。昨日のビビ君には心配したけれど、今朝の様子では回復基調、ドクターのお世話にはならなくてもよさそうです。元気は余りないけれど食欲も少し出てきたし、たぶん明日にはいつものビビ君に戻っているでしょう。
今日は日曜日だけれど大工さんが10時頃から来て仕事をしていました。今生活している既存の家のほうの暖房のことを心配して、近々にストーブの煙突を付けるからと言ってくれたので、早速に煙突掃除をして取り付けの準備をしました。ほんとにもうストーブが必要な頃になりました。今日の小波さんは忙しかったですね。午前中は昨日ビビが汚したマットやカーペットなんかをコインランドリーに持っていってお洗濯。午後にはお昼にお好み焼きを作って夕方近くにはアスカにお買い物。自分の車が使えるようになったので自由に動けるようになり、ストレスもなく頑張っていらっしゃるようですよ。余り無理しないでくださいね。夕方、南のお友達ご夫妻とご子息が見えました。有り合わせのものでしたがみんなで夕食を楽しみました。片付かない引越し荷物に埋もれながらの食事でしたがご子息のお話が楽しくて、時間のたつのが早く、気持ちの良いひと時でした。

2004/10/30(土) 2缶終了
30日です。10月も残り後一日、時の経つのが早いと思う、いや絶対に早すぎる。もしかしたらどこかで誰かが1秒の長さを縮めているんではないかしら。できれば逆に1秒を1.5秒ぐらい長くしてくれると助かるんですがねエ。無理な話か。
今日は、南のお友達も手伝ってくれて3回塗りの外壁塗装、午後は小波さんと二人での作業でしたが、夕方で塗料の2缶目が終了。もうちょっとやりたかったけれど?材料がなくてできませんでした。大工さんから「仕上がり上々、本職みたい」とおだてられて気分を良くしている小波さん、本当によく頑張っています。お陰でほぼ3回塗りが終了して、建物の概観はとても素敵になりました。午後、二人で屋根にいて塗装をしていたら、ビビがワンワン吠えはじめました。余りに吠えるので降りて部屋に行ってみるとビビが嘔吐していました。それも5箇所に、大量に。どうも吠えていたのはこの異常を我々に知らせたかったからの様子。部屋に入ると、いかにもこの状況をどうにかして、と言っているかのような顔で我々を見ていました。様子を見ていますが、食欲なくグタッとしていて元気がありません。明日まで続くようなら獣医さんの診察を受けなくてはと思います。それにしても、ビビは賢い犬なんだ。ちょっと感心しています。早く元気なれよ。ビビッド君

2004/10/29(金) 雨でした
何となくホッとするお天気。何しろお天気がよければ何が何でも塗装を優先しようとする小波さんのエネルギーがまだまだ衰えていないのです。雨が幸いして、今日は二人ともプレッシャーなし。昼食後南のお友達のところにおいていた車を取りに行き、小波さんは3時過ぎに歯医者に行きました。歯医者では通常のことでしょうが治療について保険か私費かの選択を迫られた様子、決めかねて帰ってきたとか。そうだろうと思います、保険だと5000円なのが私費だと4万円か6万円の選択だと言うことです。使用する材料が違うそうですが、真ん中を取って私費4万円負担で治療と言うのが経済的にも精神的にも一番ではないかと思います。明日小波さんにもそう言ってあげよう。
香房工事、2日にキッチンストーブの据付、システムキッチンは1日に搬入、2日に設置工事とのこと。いま給排水の工事が急ピッチで進んでいます。大工さんも一人で遅くまで頑張ってくれていますが、11月一杯は掛かりそう、年内には完成して欲しいと願っていますが?なにせ一人だから。

2004/10/28(木) 元気回復
少々ではなくしっかりお疲れ状態で床に就いたわたし、夜中の2時過ぎにトイレタイム、外が明るい、何?UFOが来襲した?ちょっとわくわくしながらベランダに出て、うっとり、こうこうと光る夜の月に村中が照らし出されていました。杉の林、ビニールハウス、大根の畑、点在する人家、そして外に出た自分の影。寒さも忘れて見とれていましたが、ちょとして寒さを覚え家の中へ。そして朝までぐっすり、少々寝坊をして8時起床でした。
今日は早速に外壁の塗装作業開始、10時から夕方までしっかり二人で作業、全体の3分の1くらいを仕上げました。頑張ったよ、わたしたち、自分で褒めて大工さんから素敵になったとおだてられて良い気分で今日の作業を終了しました。
夕食、南のお友達宅で韓国のべジ食をいただく。彼女は数日前に韓国ツアーから帰ってきたばかり、で、頂いた韓国のお食事、美味しかったですよ。食後、TVでアメリカの大統領選のニュースを見ていてひとしきりの議論。アメリカの正義、アルカイダ、イスラム教、キリスト教、アフガン、イスラムの戒律、エトセトラ。そして最後に韓国と日本、日本に生れてよかった、と、四人とも平和で安心して暮らしていることを当たり前と思うのでなく、今の幸せを感謝したのでした。
月がきれいに見えているけれど明日は雨の予報、ゆっくりできそう。

2004/10/27(水) 引越し完了
予定通り別府観光港に朝6時30分到着、45分下船、一路阿蘇は一宮町の職安へ直行です。しかし我々のこと、そんなにまっすぐに行くわけでもなく、凛とした寒さを感じながらまた輝く朝日をいっぱいに浴びながら高速を走りました。インターを由布院で降りるのがもったいなくて九重まで走って、そこからやまなみハイウエーの長者原に出て、久住の高原道路を気持ちよく快適ドライブ、瀬の本高原から内牧を経て9時前には職安着、認定の手続きを済ませて9時過ぎにはもう出発して自宅着は9時40分頃でした。早い。それから約1時間後、引越し荷物の到着、10トン車が近くの駐車場に着いて2台の2トン車に移し変えての搬入。全てを運び終えたのが1時30分を過ぎた頃、工事中の香房の方には入りきらず既存の住まいの方まで荷物であふれてしまっています。見ていた大工の棟梁「びっくりたアーーー」。余りに予想を超える量だったらしく真剣に収納場所を心配してくれていましたが、まあどうにかなるでしょう。今日は小波さんも私もいささかお疲れ、しっかりモードに入ってしまい今でも半分眠りながら文章に格闘です、何もそこまでしなくてもと思いつつも今のこの思いを留めないと意味がない?と意地を張っているわたし。
昨夜の月は瀬戸内の船から、今日は白水で、見事にきれいに輝いています。月を見ながら、お世話になった皆さんの親切なお心に目頭を熱くして感謝。思うことはいっぱい、メールを入れてくださった方、今日に合わせてだと思うのですが柿を送ってくださった方、出発前に食事をとお誘いを下さった方、昼食、夕食の心配をしてくだっさた方、そして白水で我々を待っていてくれた南のお友達、素敵な人たちに囲まれて生きていることを改めて思い起こして、二人で幸せなことと声には出さず、いや、車の中では声に出して語り、喜びました。現実には、運び込んだ荷物をどう整理しよう、ですが、まあいいワ、どうにかなる。それより、お世話になったみなさんに感謝、皆さんにどうぞいっぱいの幸せが満ち溢れますように。

2004/10/26(火) あわただしく京都、きょうの偶然
朝からしっかり雨。ゆっくり起床で9時過ぎから優雅にホテルの食堂で京の屋並や東山の雨に煙る景色を見ながら朝食。今回の宿泊はなかなかお得な感じ、部屋は普通のツインルームで朝食付き一人一泊8000円弱だったのですよ、それも都ホテルなのだよ。ここはその昔これから訪ねる姉が結婚式をした所、そしてその娘も式を挙げたところ、決して安宿ではないのです、結構高級なのだけれどこんな値段で泊まれた、ラッキー、でした。
姉たち夫婦と住吉山墓参、帰路KKR京都で昼食、和のお弁当、とっても京都らしくてお味もよく結構でした、目の前はよくテレビのロケに使われる鴨川の堤、そぼ降る雨の中景色もよく結構でした。2時過ぎに姉宅を出て大阪南港フェリー埠頭へ、間違いもせず4時過ぎには無事到着。
そうそう、姉の家を出てお山に行こうとしていた一つ目の信号機で止まったら車の窓を外からトントン、誰だと思えば10月に福岡から転勤になったばかりの姪っ子のご主人。わざわざちょっと寄り道をして見に来てくれた様子。絶妙のタイミングで我々の車を発見呼び止めてくれたのでした。感謝感謝、これ幸いと南港までの道順も聞いてしまいました。
今日は一日雨、でも明日は晴れの予報、船は大きいしゆっくり休んでいけるでしょう。

2004/10/25(月) 天気良好
いよいよ引越し当日を迎えてしまいましたよ。お天気は晴天、雨の心配は全くなし、今日はお日柄も良いとか、言うことなし、10時には日通から8人、後から営業マンが手伝いに来て9人で積み込みと残っていた家具や冷蔵庫の梱包、10トンのトラックに全部積めるのかしらと心配をしながらの作業も夕方4時過ぎまで掛かって完了、何も言われなかったので全部積めた様子、良かったよかったです。でも今度は阿蘇で全部の荷物を収納できるかどうかを心配してました。
お昼の食事は今日も東の奥様がおにぎりをお届けくださいました。感謝です。また、荷を出し終わった頃、お隣の奥さんがお別れに来てくれました。小波さんと3人して涙。ちょっと辛かったかな?でも、前向き、またの再開をお約束しました。
荷物を出してしまった何もない部屋はやはり寂しいもの、小波さんはいいよと言いましたがほんの少しだけお部屋を掃除しておきました。16年間安心して住まわせてくれた家にありがとうと感謝の気持ちをこめて、そして最後にこの家での最後の営みとしてシャワーで身体を流して家をでました。豊川から東名、名神で京都東へ、二人とも豊橋のこと家のことには触れません、小波さんにも私にもいろんな思いがあるのですが口にはしませんでした。二人とも共にこの家で過ごした16年間を、とても良い時代であり充実していてほんとにすばらしい仲間や友人、隣人に恵まれて生きてきた日々であったことを喜び感謝し、そのために去りがたい寂しさも感じていたことは確かだと思います。
9時過ぎに都ホテルチェックイン、明日は竜安寺の山にお墓参り、雨のようです。

2004/10/24(日) イヴです
24日になっちゃいました。でも意外とすっきりしています。
10時前、日通から4人来訪、分担して手際よく荷物の梱包をしてくれました。4時までしっかり作業していただいたけれど全部は梱包し切れませんでした。それにしてもプロはプロ、上手に丁寧に荷造りをしてくれました。
今日はお隣とお世話になったみきドクターにご挨拶、落ち着いた話ではないけれどきちんとご挨拶ができたのでよかったよかった、です。
東の奥様より昼食のおにぎりが届きました。こんな時だからと飲み物まで整えて。心のこもったご配慮に感謝です。夜は夜でまた東の奥様のお宅で会食会。我々の親しい友人二人も呼んで一緒に奥様のお料理をいただきました。それぞれからプレゼントも頂いて、豊橋最後の夜を平安の中で過ごしました。

2004/10/23(土) すっきりしない?
片付けも少々疲れてきて、家とのお別れも迫って来て二人してかなりナーバスになっていたよう。ちょっとしたことでいざこざになってしまったり、何となくしっくりと行きません。意思の疎通がいま一つ良くないのですよ。分かっているんですけどね。お互いに阿蘇に行きたいと言う思いと今のままを変えたくないと言う思いと両方の気持ちがあって、自分たちで決めたことだし、前向きに進んでいくことだし良いのですが、やっぱり離れたくない、別れたくないという気持ちとの整理をつけているつもりでも、どこか不安定になっていたのでしょう。どことなくグタグタしながら午前中の片づけを終了。私は9時過ぎにクリニックへ最後の受診、ミキドクターにもお礼を述べて投薬を受けました。10時頃、従姉妹夫婦がトラックで来て不使用の食器や箪笥、戸棚、机なんかを親戚の家に運び出してくれました。これでほんとに引越し荷物だけになってしまったようで、倉庫や部屋の中がすっきり。この人たちがこんなに沢山の、我々には不要で捨てなければいけないような品々を快く貰ってくれてとっても助かりました。今回の転居に当たってはこのともちゃんが最大の功労者かもしれません。ありがとう。
午後、叔父、叔母たちに集まってもらい、羽田の神主さんに神棚を引っ越すための神事をお願いしました。阿蘇に行ったらまたどこかの神職にお願いして神棚を祭る神事を行うことになるようです。これで安心して神棚の中のものをダンボールに詰めることができます。敬虔な信者ではありませんが昔からのしきたりには何か刃向かえないものを感じて、両親や兄弟、祖父母の御霊を粗末にしないようにはしたいと思います。

2004/10/22(金) 素敵な人たちに感謝
ゆっくり9時に起床。今日はゴミすてを中心に片付け仕事の一日。ムラタ電気に冷蔵庫、洗濯機、テレビの処分を依頼、処理料25000円也、結構掛かるものでした。上と下のキッチンの中を清掃、不用品をまとめてゴミに、小波さんが市の処分場に持ち込み、トランクに山盛り一杯の量ですが、どうも処分場では男性よりも女性の方が大目に見てくれたり親切な様子、じゃによってこの仕事は小波さんのお出ましです。その間にわたしがお掃除なのだ。
今日、午前中に東の奥様がお昼にとおにぎりのお弁当をお届けくださいました。午後にはお隣の奥様が3時にとアンジェリカのケーキを持ってきてくださいました。みんな日ごろお世話になっている方たちばかり、その方たちから本当にありがたいお心遣いを頂いて小波さんと二人、涙が出るような嬉しいことと深く感謝しました。改めていいところに住んでいたんだなアと思います。
夜は保育園の人たちと会食。半年前の仕事仲間、自分は娘のように思い、みんな親しく接してくれた人たちとの会食は実に楽しいもの、時間の経つのを忘れます。10時に近くなって場所を変えようとしたら開いているお店がない、みんな引越しで荷物が散乱しているような我が家に来て夜中の2時頃までおしゃべりに花が咲いてしまいました。翌日は超早の出勤だと言っていた2人は大丈夫だったかなあ。

2004/10/21(木) 準備完了
昨日は天気も悪かったし、少々お疲れでした。でも東の奥様に夕食のお弁当を作っていただき本当に大助かりでした。久しぶりに今まで使っていた自分ベッドでゆっくりと休むことができました。
今日は10時に日通の営業と最終の打ち合わせ。午前中に電気、ガス、水道、電話それぞれに引越しの連絡を入れて26日以降で停止をする手配を完了。午後は叔母と従姉妹が、夕方には小波さんのお友達が不使用の雑貨、食器、テーブルなどを受け取りに来てくれる。徐々に確定的な引越しモードに入っていく感じ。明日22日は保育園の職員数人と会食予定のTelあり、いよいよですねエ。

2004/10/20(水) 出発できそう
しっかり台風の影響を感じる天候、風が時々突風で吹いてくるし雨は降ったり止んだりを断続的に繰り返しています。朝から心配をしてくれる人が何人かいてありがたいことです。一生懸命に台風の進路を調べたり、飛行機のフライト状況を調べたりして、9時現在飛行機は飛びそう、なので空港に行くことにして出発します。南のご主人が空港まで送ってくださるので、お宅まで向います。
しばらくは更新ができませんね。帰ってきてからまとめて記入することにします。

2004/10/19(火) 台風だよ
明日はいよいよ本格転居のために東に戻ると言うのに、台風ですよ。今日は一日台風の動きとにらめっこしながら過ごしてしまいました。明日11時45分のフライトだけど飛ぶかどうか、朝にならないと分かりません。帰れるかどうか、どうなることやら。予定では20日から戻って、25日に荷物出し、我々も出発して25日は京都泊、26日、用事を済ませて夕方、大阪南港からフェリーで別府、27日早朝に着、午前中には阿蘇に戻ります。その間は日記が書けないのダ。ざんねん。 それよりも、アベックで来ている24号の台風がどうなるか、もしかしたら26日のフェリーが欠航したりして、なんてことになったらとっても困る。27日は保険のために役所に行かねばならない、のです。何事もないことを祈りましょう。よほど私が悪い人でない限りうまくいくでしょう。希望のないあしたはないのだから。

2004/10/18(月) さて何を?
さて、何を書こうか、と一瞬悩んでしまうほどに外壁塗装の作業が続いています。他人からは高所作業にも慣れたかと思われているかもしれないと怯えながら、相変わらず高所の作業にはしっかり怯えながら作業を進めてきました。しかしです。南のご主人の絶大なる力に支えられて、今日までに予定していた所の2度塗りを終了しました。3度塗りに挑戦することになっているけれど、それは引越しが終わってからの来週後半からの作業、しばらくは塗料とブラシから離れた生活が戻ってきます。今日も南のご主人の応援のお陰ですがほんとに感謝、歯医者に通いながら頑張った小波さんにも感謝、よくできました、まる、です。
今日、仕事に来た大工さんの第一声、また台風が来てる、後を追ってもう一つ。えっ 二つ来てるの? 絶句。もういいと言うのにご来訪なさるのは何か意味があるのかしらと思ったら、大工さん、誰か悪い奴がいて呼んでいるんだと諦めたように、悔しそうに、持って行き場のない苛立ちを抑えるようにおっしゃっていましたね。全くなんで今年に限ってこんなに沢山来るの。21日の3時には九州接近、宮崎の南の海上を進むみたいだけど、被害の有無はとにかく風雨が強くなることだけは確か、そのための準備もしなければならず、困ります、台風さん。
姪っ子からのメール、転勤になって初めての、福岡の空になった部屋を見て涙が出たよって、でもまた二人で生活できる安心や喜びもあって複雑なんだ、と。我々も20日は豊橋、25日には同じ想いを味わうことに、たぶんだけど、もっと強烈な感情の乱れを感じることになるんだろうなと思います。なんと言っても社会的に一番活動していた27年間の内16年間、それも自分たちの力で建てた家、今まで安心して日々住まいさせてくれた我が家に感謝して、とーーーーっても複雑な表現できない思いと共に別れを告げてこようと、いま、思っています。男の私でもこうなんだから小波さんはもっともっといろいろな思いを感じているんだろうな、でも利発な人だからきちんと整理をつけているのかな。
さてさて、本当に阿蘇の生活が始まりますよ。希望にあふれたあした、あしたはいつもあたらしい、あたらしいあしたがあしたもつづくよ。

2004/10/17(日) 2馬力だけど
少し雲があったけれど暖かい一日。でも朝夕は涼しいを通り越して寒く感じます。日中との気温差が激しい、動いていれば半袖OK、日陰はさわやか。良い季節なんですがねエ、香房の外壁塗装に追われてる、少々プレッシャー。明日は南のお友達ご主人が来てくれる予定ですが(奥様はご親族と韓国旅行とか)、今日は小波さんと二人で作業。午前午後ともで4時間程度、全て2階部分の足場の上で、2度塗りの工程をこなしました。1度目と違って2度目は塗料が良く延びて塗りやすいように思います。お陰でほんとの高所を除いてほとんどの2度塗りが完了したようです。大工さんからは、2度塗りで最初よりも随分良くなったとお褒めの言葉、でも、3度塗りをするともっと良くなるよ、とのお言葉、小波さんはその気になっている様子、きっと3回塗りまで頑張っちゃうんでしょうねえ。自分で言うのもなんだけど、重ね塗りをして濃い茶のほんとに良い色になりました。
宵のうち、昨日よりも少し太った三日月がゆりかごのように上を向いてきれいでした。私の目には口や鼻、目が有って笑ってる様に見えたけど、キット目の錯覚だよな。

2004/10/16(土) 平穏無事
平穏無事、結構なことです。起きてから寝るまで何事もなく普通の生活が続いています。このことがとても有り難く思えるのは年の所為なのかなあと思いますが、感謝です。今日も外壁の塗装で過ごしました。南のお友達ご夫妻が10時頃応援来宅。3時過ぎまで2度目の塗装でした。今朝はP森のアトリエのご主人(オーナーの父上)が犬のお散歩の途中で声をかけてこられました。お向かいのご夫妻はただ今市内の自宅に行っておられてお留守ですが、ご主人のみ3時ごろ帰ってこられて1時間ほどでまた戻られました。お声をかけて一緒にお茶を頂いたのですが、帰り際、なっとうたべる? と藁に包んだ納豆を頂きました。夕食はおいしい納豆と味噌汁で大満足でした。農協から注文してあった園芸ハウスのキットが配達されてきました。20日には一度戻って25日の引越しが待っています。毎日やる事がいっぱいあるけれど毎日が平穏無事、これからもそうありたいと思いますね。小波さん、一生懸命塗装の作業に頑張っています。この頑張りはとても立派に思えます。
昨夜は北の空がとてもきれいでした。今日は、夕暮れ時、南のお空に細ーい三日月が見られ暗くなるにつれて沢山のお星様がきらきらとほんとにきれいでしたよ。

2004/10/15(金) 一回目完了
冷え込みことのほか強烈、と言ってもプラス5度か6度かと言うところ、でも今朝の寒さはちょっとダメージを受けました。お布団から出ても身体が硬くて軽やかに動かない、背中、腰の辺りが冷たい感じ、お腹の調子も今ひとつで頭もすっきりしない。朝食後もすぐに動き出せない、外は昨日よりも風が強く吹いている様、とまあ、一杯理由をつけて高いところへ昇る作業から逃れたい一心の私、だったようです。実際に朝は体調不調で動き出せなかったのですが、10時頃になると重い腰をあげて取り掛かった塗装も気温の上昇と共に調子が出て、高所の数平方メートルを塗装しました。お昼前、南のお友達ご夫妻が応援に来てくれ4馬力で3時頃まで作業、おかげさま、現状で塗装ができるところは全て初回の塗装作業を終わりました。塗装された建物を改めて見ると、大きくて、落ち着いた風格のあるなかなか良い建物です。南のお友達に感謝、大工さんに感謝、であります。昼間、以前の職場の理事長から電話がありました。モーニングに行った喫茶店で元の部下だった女性にお会いになったようで、私のことが話題になったから声が聞きたくて、と言うこと。退職して半年経ちましたが、今でも気にかけてくださる方がいることに感謝、でした。お元気そうなお声だったことを喜びました。

2004/10/14(木) おつかれ?
寒くなりました。お布団から出るのがちょっと惜しいような、そんな朝でした。小波さん、昨日散々歯痛に悩まされ、今日やっと歯科通院となりました。当分の間、通院が必要だと思うのですがきちんと送迎はしてあげようと思います。と言っても、27日は小波さんの車がこちらに来るので、彼女一人でも外出できるようになりますが。歯痛がひどくなったのはやはりここ数日のお疲れが影響している様子。あまり頑張りすぎない方がいいと思うのですが。私、今日は太陽に照らされているところでは暖かくて気持ち良いのですが、日陰に入ると風がことのほか冷たくて、長袖2枚を着たのですが夕方にはその上にもう一枚羽織って丁度良い位の気温でしたから、その上外壁の塗装はもう高いところしか残っていないのですから、とまぁ何かと言い訳めいたことを腹の中で思いながら、ぐずぐずとほんの少しだけ塗装の仕事をしました。これからますます寒くなると言うのに、これからどうしようかなぁ、などと人事みたいにおぼろげながら阿蘇での寒さに不安を覚えます。今夜は昨日よりも冷えてきている様、明日は南のお友達がまた応援に来てくれる予定、寒さに負けずがんばらなくちゃ。
そうそう、今日は部分日食でした。見ようと思っていて忘れていましたよ、夜の星はよく見上げているのに、昼間の太陽は見るものではないからな。

2004/10/13(水) 頑張りましたよ
昨日、飛び切り早く寝た小波さん、最初は11時に起きたとか、その後何度も目を覚まして結局熟睡したという満足感は得られなかったよう。今日も暑いくらいの天気。昨日よりも少し遅い活動開始。頑張って二人で塗装しましたが、あまり沢山はできませんでした。今日の香房工事は床暖房の設置工事でした。不凍液を入れたお湯を銅のパイプに通して床を暖めるとかで、パイプを配したパネルを8枚敷いてボイラーまでパイプをつなげていきます。明日、また10数枚のパネルを設置するようです。明日の最低温度は6度だとか。暖房が必要になるのももう直ぐのようです。

2004/10/12(火) うれしい、ざんねん
今日も朝から上天気。少し早い目に起きて朝食を済ませ、9時前から準備を整えていざ作業開始。昨日やり残した北面の壁から塗り始めました。10時には南のお友達がご夫妻で応援に来てくれました。なんと言ってもこのご夫妻は家の塗装にかけては経験者。強い味方を得て勇気百倍かな?とにかく高いところが怖いので、高所でやり難そうなところはご主人にお願いして、私はもっぱら2階の壁担当、奥さんと小波さんは一階の壁、と言うことで夕方5時頃まで順調に作業は進みました。お陰様で全体の3分の2くらいは塗れたでしょうか。しかし、1度塗りではなく2度、3度と塗装するのですから、まだ半分にも到達していませんが、沢山塗れました。私、高所恐怖症では無い筈だと思っているのですが、足場の上での作業はかなり怖いのです。2m位の所は少し慣れましたが、4mになるとかなり怖い、何かにつかまっているか足場に腰を下ろしているかでないと、ころっと転げ落ちる様に思えて怖いのです。それでも頑張りましたが、南のお友達のご主人はさすがに立派。8m位の所でも動作が身軽です。いやー、南のお友達の手助けがなかったら今回の作業は成立しなかったでしょう、たぶん、キット、絶対。
今日、娘(のような)からメールが入りました。そろそろ様子伺いをなんて思っていたところだったので以心伝心、なんて思ったりして。内容はちょっとざんねん。20代も半ばを過ぎた何かと心配をさせてくれる娘だけに、早く安定した家庭で幸せに、なんて、親のような顔をして真剣に思っている自分がいます。
明日も好天の様子、頑張りすぎてお疲れモードに入らない程度に、明日もがんばろ

10月絵日記の続き


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