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2004/12/26(日)
15年前
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人を動かすに、自分を正当化するに、はたまた、借金の取り立てに、 「心を殴る」ような言葉を使う。
相手が自分より弱いと思っていれば、なおさら、そんな言葉が出てくる。 私にも、心当たりのある話だ。
間違いなく、「心を殴る」行為が出てしまう人というのは、 人の心を分かってあげられないのだと思う。
それを意識的にしているか、自分の過去に何らかのトラウマがあって それをしてしまうのかは、人それぞれだろう。
20代になりたての年末、銀座に住んでいた。15年程前だ。 恵比寿の友人の部屋で遊んだ後、 地下鉄の日比谷線に乗って帰宅しようとしたときのことだ。
女連れのサングラス男が六本木で乗ってきた。相当酔っている。 座席に座り、周囲を睨み付け、隣に座っている男性に因縁をつけ、ヘッドロックし始めた。
やられている彼は、当時の私と同じくらいの20代前半らしい。 いかにも気弱な学生タイプだった。
車内は六本木に止まったばかりということもあり、大柄な外国人もいれば、 若い男も多かったが、誰も止めようとしない。
例によって例のごとく、わたしが口を出す。
「おにいさん、もういいでしょ。やめなよ」 『んだと!コラ!殺すぞ!!』 「女の前だからって、かっこつけなくていいから」 バキッ(私が殴られる音)
私は「喧嘩はするな!!ただし、喧嘩になったら生かして返すな」と、 父に20年叩き込まれて育った人間である・・。 大山総裁も「君たちケンカを売ってきたら買え。 それくらいの覇気がなければ空手を辞めてしまえ。」と言っている。
反射的に髪を掴んで、膝蹴り数発を顔に入れた。 サングラスは割れ、男はのびた。
ヘッドロックされていた男は、何も言わず逃げるように次の駅で降りた。
のびた男の前に立ったまま、目的地に着くまで電車に乗っていた。
「殺す」といわれたのも初めてだったし、無関係な人間に手を出したのも初めてで、その両方にショックを受けていたのを覚えている。
彼がそう口にしたのは、「殺すぞ」という言葉に、どれだけのパワーがあるのか多分、知っていての行動だろう。
脅された側が、脅されることにずっと身をまかせていてくれると思っていたのだろうか。
彼は「殺すぞ」という言葉のパワーは知っていた。 しかし、相手の心の痛みは、知らなかったのだろう。 さらに、追いつめられた人間に対して、正当な助けを与える人間がいることも知らなかった。
気分が悪いまま、電車を降り、歩いて帰った・・。 興奮もしていたし、反省もしていた。
ほかにやりようもあったとも思う。
私も、「分かってあげられない」のがトラウマだろうが、何だろうが、 結局は、それで苦しむのは自分であることに気づかなければ、と思った夜であった。
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