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2004/02/23(月)
失恋とわし
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私は、かなり惚れやすい男である。 しかも、恋愛のカースト制度を無視しがちな男でもある。 つまり、自分の実力を無視して突き進むタイプである。 ゆえに、失恋に関してはチャンピオンであった・・。
身分無視であるから、いきなり世界王者に戦いを挑んだりし続けていたのである。結果は当然1ラウンドKOである・・。が、同時にあきらめらい男でもあるので、ラッキーパンチがあたるまで、再戦要求するのである。ボクシングと違い、「根負け」という結果があるので、たまに勝ったりもした。
が、悲しいことにキムタクのような実力はない4回戦クラスであるから、防衛は難しい・・・。
負けてしまった私は泥沼にはまり、「けっ!!女なんて・・」とか「出家する」とか、口走ってしまいがちなのだが、友人は「次の戦いに挑め」などと気軽に言うのである。氷河期から、いきなり春になるのはうれしいことではあるが、私としては「敗因もわからないのに、試合には望めない」のである。失恋の後の私は、パンチドランカーに近く、急に泣き出したり、アパートの壁を拳で打ち抜いたりしていた・・。(反省反省) その苦しさから、身近な選手を見つけて戦いを挑んだりもしたのだが、満足するはずも無く、次から次と亡霊のように「チャンピオンベルト・・」とつぶやきながら、さまよったりしていたのである。
今考えるに、その時の私に必要なものは次の試合ではなく、「敗因究明」と「練習」なのである。
しかし、試合をしないボクサーほど辛いものも無い。相当辛い・・。 「あの選手とは縁が無い」「たいした選手じゃなかった」などとも考えたが、結局未練たらたらで好きだったりするのである。
それからは、試合もせず砂漠の真ん中で立ちつくす日々が続いたものである。テレビを見ても笑わず、食事もまずく、わしは、このまま、死・ぬ・・の・・で・・は・・・。とか思ったものである。
しかし、それでも少しずつ、薄皮をはぐように、笑えるようになり、ご飯も進むようになっていったのである。 それは友人の力もあったし、本を読んだり、音楽を聴いたりした結果だと思う。
結局、砂漠にいた期間というのは、「自分を測定し、理解する」期間なのである。それは、次の試合を待っているわけでなく、内面を見つめつつ、練習に打ち込んでいるトレーニング期間なのである。
本当に望むオアシスが見つかるまでは、辛いのを我慢し、砂漠にて爪を研ぐしかないのである。
今、周りを見渡すと、オアシスも対戦相手もいないので、まだしばらく砂漠にて暮らすことになりそーである・・。
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