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2004/07/21(水) 過去・現在・未来
いやぁ〜今日は久々にむかつきました。
実習でではないです。
うちの、父方のじーさんにむかつきました。

今日はじーさんの誕生日だったので
電話してみました。

したらさ、したらさ「ありがと」とかいえばいいのに
早速 学費の話。
「おまえの学校の学費は高すぎる」とかそんな話ばっかり。
毎回そうなんだけどさ。
実家に帰って、じーさんとこいっても学費の話。

普通さ、高いと思ってても、子供の前でいうなよってかんじじゃん?

で、そのくせ「うちの孫は歯学部なんだ」と会社の人には自慢してるらしい。
ほんとかよ。
まぁどうでもいいけどさ。

うちの父方のじーさんは、うちの親戚の中ではお金持ちなんですよ。
んでもって
たしかに、うちの大学の学費は高いんですよ、まじで。
あんまり、じーさんに頼みたくはなかったのですが
うちのような、一般人のサラリーマン家庭にとても六年間はらえるはずもなく
じーさんに、心底いやだけでたのみましたよ。
なので、こういう文句はいわれる覚悟でしたのでまぁいいんですけどね。

それにしても、いっつも金の話。
墓場までもっていくつもりですか?ってほど金の話ばっかり。
たしかにね、
お金がないと世の中やってけませんけどね。
それにしても、孫ですよ?わたし。
孫は目に入れても痛くないだろ?とおもったりしますけどね。
まぁ、六年間、大学いけるなら、頭下げてだしてもらいますけどね。

うちの母方のじーさんは、私がかわいいようで
いろいろよくしてくれます。
とくに祖母がなくなって、1人暮らしになってからは、より一層
私にしてくれるようになりました。
母も、一人っ子なので、母方の祖父母にしてみれば孫は
私1人なので、余計可愛がってくれました。

私が医者になろうと思ったのは、祖母の影響です。
幼稚園にはいるまえ、祖母はガンになり
そのときは、単純に祖母を助けたい!ってことで、医者を目指しました。
そんな小さいころの思いが高校までずっと続いていたのも自分で言うのもなんですが
感心ものです(笑)←結局おちてるけどw

そんな祖母が、大学受験時の高3のときにまたガンになりました。
ちょうどクリスマス前だったと思います。
はじめて告知を生で体験しました。
内心そのとき、自分には医者は向いてないと思いました。
顔色一つ変えずに、人の命の期間をさらっといってのける医者に自分はなれないと思ったからです。

でもそれはそれで、医者になりたいと思っていた自分にはいい経験だったと思っています。
医者側からすれば、一緒になって悲しそうに告げるなんてことは
余計、家族に心配掛けるし、
患者は他にもいるし、1人1人に感情いれてられません。
患者側からすれば、この医者はよく平然といえるなーといったところです。
もちろん私も、患者側でした。

受験勉強しながら、看病はけっこうたいへんだったのですが
それが原因で医学部にうからなかったとは、思っていませんし
言い訳にするつもりもありません。
それに、浪人してもいいやと思っていました。
限られた期間で少しでも多く思い出を作りたかったのもあります。

そんなこんなで、3月になり結局祖母は、卒業式前になくなりました。
最後に祖母と話したのは私です。

人間は、最期がちかくなると急に元気になるといいます。
祖母もそうでした。
びっくりするぐらい、元気になって
喋ったり笑ったり、ものを自分で飲んだり食べたりして一時期ですが
点滴もはずれました。
元気になってみんなも看病疲れが一気に出たので
少しだけみんな家に帰ろうということで
一応、万が一に備えて私だけが病室に残り祖母と話していました。

祖母が「水を飲みたい」というので、少しずつのませていたら
口からすこしずつこぼれたのです。
おかしいとおもった瞬間に、看護婦さんがとんできて
バイタルが弱くなったから、家族呼んでといわれて
親戚をまた呼び戻しました。
その夜、そのまま祖母は亡くなったのです。

親戚の人は口々に「一番あいたかったひとはえみちゃんなのね」といっていました。

私にしてみりゃ、何にも出来なくて
ただ呆然としていて、ナースコールをおすことも出来ず
祖母を死なせたのは自分だと責めて、それで頭が一杯でした。
いまでも、そう思っています。
いくら親戚の人や親が「そうじゃない」といっても
祖母本人の口からいわれない限り、ずっと思うのです。


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