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2011/06/30(木)
自分に負けるな!〜後悔と新たな道〜#2
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『自分に負けるな!』
今でも自分自身に言い聞かせている言葉です。 教え子にもそう言い聞かせ、バスケットを通じて教えています。
なぜそう教えるようになったのか…
私が高校生のときでした。 2年生の終わり頃、突然顧問の転勤の話が耳に入ってきました… ビックリでした。 慌ててみんなで職員室へ行き、先生に転勤の話が本当なのかどうか聞きました。
そうすると、涙目になりながら紙にこう書いたのです。
「今度市川東高校へ行ってしまいます。君達を捨てていくのは嫌だけれど、ゴメンよ。最後までちゃんと見守るから。」
それを見た瞬間、
「これからが大事なのに…!」
悔しいし、がっがりでした。
先生が転勤してからの部活は、新しい先生が来たけど、これまでの自分たちのスタイルは変えたくなかったので、当時キャプテンだった私は『自分がしっかりしなきゃ!』という責任感と、支えだった指導者がいなくなった不安からだんだんと精神的に潰れていったのです。
試合に出てもミスばかり… よけいに凹むばかりで、バスケするのが怖くなっていった…
さらに追い討ちをかけたのが、最後の総体。
当時の私たちのチームは、県立高校でしたが県大会ではベスト16でした。 最後の総体では絶対上に上がりたい!!という思いでバスケをやってきました。 (元々は、選手を集めてる私立をぶっ倒したくて県立高校に入ったのですが…)
そしてベスト8をかけた試合。 対戦相手はベスト4の佐原女子でした。 試合はやってみないとわからないもんですね。 なんとあのベスト4と互角に試合をしてるんです!
なのに・・・!
私のプレイがいつものように出ない… ミスしてベンチに下がることも多かった。 自分の代わりに出た仲間が活躍する姿を見てると余計に凹むばかりでした。 全然その精神状態から抜けきることができなくて、しまいにはプレイするのが怖くてコートに出たくないと思ってしまった… 4番のユニフォームを着ていながら情けなかった…
結局試合は負けてしまいました。 あんなに善戦してたのに、私は自分を責めました。 体育館の壁面を血が出るまで殴り続け、ずっと泣いてました。
もう戻ることはできないのです。
すごく悔しかった…
もしあの時、「自分に負けるな!」ということを教えてくれる人がいたら、ちょっとは違ってたかな…
そんな思いをしたから、今バスケをしてる子たちには、自分みたいに精神的に潰れて欲しくないと思い、指導者となった今、子供たちに「自分に負けない」ことを教えています。 時間は戻せないから、『今』を充実させることによって、満足のいくバスケに変わるだろうと思っています。
自分のときのことを振り返って、精神的に上を向いていればプレイもプラスに、逆に下を向いていればプレイはマイナスになるということに気づき、技術指導はもちろんですが、練習は毎日やってて技術は自然に体得してるので、それを発揮するには心も充実させていなければ本来の自分のプレイを発揮することはできないと思いました。
そのときから精神面をプラスに変える、「自分に負けない」方法を教えていくようになりました。
スポーツは「心・技・体」と言います。 この3つが揃ってなきゃ本当の強さは身につけられない。 どれか欠けててもダメなんです。
自分が苦い経験をしたことによって、『実業団』へ進む決意をしました。 指導者になりたいという夢もあったけど、最後の大会が最悪な結末だったので「ここでバスケを終わりにしたくない!」という思いが強く芽生えました。
私が指導者になったきっかけは、高校2年生の頃、指導者になりたいという夢を持ったのが発端です。特に勉強とかはしなかったけど、よく審判をしたりしてました。
「ガード」というポジションでありながら、県立高校のキャプテンをしていたので、チームの指揮をとったり、ゲーム中のコントロールをしていたせいか、指導者になりたいという思いになったのかもしれません。
それを先生に言ったら、「実業団に行ってハクつけてこい」と言われました。 今となれば、実業団を経験して良かったと思います。 すごく勉強になったから。
でも、初めてバスケを嫌いになりました。
あんなにバスケ好きだったのにな…。
そんなことがあったから、自分のクラブチームを作ることになり、「自分だったらこんなチームにしたい!」という考えになったと思うので、バスケがキライになっても結果的にはマイナスなことではなかったんだなと思っています。
逆境にあっても、必ず次に導かれる。
そういう経験をするのも悪くないんです。
いかにプラス思考に変えられるかが大切なのかもしれません。
7月4日に続く⇒ http://diary1.fc2.com/cgi-sys/ed.cgi/fireflybbc/?Y=2011&M=7&D=4
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