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2004/12/21(火)
「永訣の朝」であそぼう
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「日本語であそぼう」をよく見てますが、宮沢賢治の「永訣の朝」を子役の幼児が暗唱してて、これが妙にうまい!!泣けました;; (むしさん、見ました?これが元祖妹萌え???なんて思わないように、笑) 詩の情景を再現してて、「曲がった鉄砲玉」で戸外に出て、詩の暗唱とは違ういつもの場面に戻ったのでああこれで終わりかと気を抜いたら、なんと、最後にその続きのみぞれを椀に取るところもやって;;;ついついぽろぽろ来ました。 まさかここまでやるとは@@にしても、読んでる子がこの詩の意味を完全に理解してるとは思えないのに、うまい;;;とっても中身をわかってそうにないこの純真さが、余計悲しみを伝えるんですよ〜;; 児童期に音読を鍛えると、結構うまくなるものなんです。
夏のガッシュのイベントの時、声優さんのまねをして、ガッシュ、ウマゴン、キャンチョメの台詞を読んだ年少児が軒並みみんなうまかったのは、子供の言語感覚の柔軟さだと思いましたね。声優さんの口調をちゃんとまねることができるんです。 1号は幼児の頃、1週間京大に入院するとまわりと普通に関西弁で話してるし、田舎の祖父母の家に預けられるとあっという間にひどい東北なまりになりました。 2号は関東で乳幼児期過ごしたので、すごい綺麗な関東弁でしたが、今やすっかりこっちの言葉。 実際、関西からの転校生を見ても、中学生の兄は関西弁が治りませんが、小学生の弟はあっという間にこっちの言葉になってしまうという、、、 自分も小学生まではすごく言葉のイントネーションに敏感で、相手の抑揚を聞いてそれに合わせて話せたのですが、今はもう全然ダメです。 自分の話しているイントネーションや発音をフィードバックできなくなりました。耳がダメになったんだなあ。。。 無アクセント地帯出身の人はイントネーションに鈍感なので、大きくなって東京に出ても、なかなか訛りが治らないと言われますが、福島の人達は、自分が話しているイントネーションと相手の話しているイントネーションの差を感じ取れないからだなって、友達見て思ったモンです。 ここ10年くらいで私も同じになって来たんで、老化を感じますわ; でも、役者さんや声優さんのイントネーションに特徴を感じて気になることはあります(^^;。三石さんとか、橘さんとか(笑) 言語感覚が柔軟なうちに、音読を鍛えておくことは、将来きちんと気持ちをこめて意見発表する力につながるんですよね。
音読に力を入れてる小学校から来た児童に、高村光太郎の文語詩「雪白く積めり」を地元のTVで暗唱させたことありますが、中学生になってから練習してもなかなか短期間にこうはうまくならないだろうなっと感心したものです。 小学校では音読指導を丁寧にして欲しいものですが、教師に力量がないとねえ、、、。
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