|
2004/03/15(月)
ヒビサマはマゾ
|
|
|
昨日の斎藤君との会談の結果は昨日の日記の最後に追加しておきました。お手数ですがそちらを読んでください。 さて、今日は教育実習のお願いに我が母校、岩見沢西高等学校に行った。私は高校生にもなって毎日学校に行くのが楽しくてしかたなかった。本当に大好きな母校だからこそ、教育実習は西高でしたいと思った。教務の先生はあっさりOKしてくれた。そこで世界史の高野先生に頼みに社会科準備室に行った。そこには一年の時の担任清野先生もいた。 私は中高と異様に先生と仲が良かった。職員室に遊びに行くのが好きなガキだった。中学時代も愉快な人が多かったのでいずれ書こうとは思うが、高校時代も仲のいい人は多い。特に高野先生は大好きな世界史の担当ということで、授業でもよくくっちゃべったし、史学科に行く際もいっぱい相談したし、修学旅行の引率で京都に来た時もあったし、去年ゼミを決める時も相談してもらった。また清野先生は一年の時の担任で、これまた大好きな先生だ。授業中時事ネタ雑談ばかりするので、時事ネタ好きの私にはたまんない先生で、大学は立命館なので京都に進学する際も結構相談してもらった。そしていえるのが、この二人ともサドだということだ。高野先生はまだ穏やかだが、教育実習行くといったら「くんなよ高間」といった。清野先生は完璧なサドだ。とにかく彼は皮肉屋である。彼の皮肉のセンスは素晴らしい。この世の全ての現象をナナメからすかして見ている感じの嫌味が素敵すぎる。私への悪態のバリエーションも本当に豊富だそのため、あまり人気の高い先生ではなかったが、私のような叱られたい願望の強い生徒からは好かれていた。今回も久しぶりに訪問したが、あいかわらずの嫌味で思う存分私のことを罵倒してくれたので本当に嬉しかった。三人で私の近況を熱心に聞いてくれたり、最近の北海道や京都政界の話や京都市内の話などで盛り上がった。清野先生は今年で、高野先生は来年退職のため教育実習の場で会えないのが残念でたまらない、と思ったら時間講師として残るかもしれないとのこと。恩師に学べるとあれば俄然やる気がでてくる。是非残って欲しいものだ。 しかしよく考えてみると私と相性のよかった先生ってみんなSっけが強い。今回挨拶した時、たいして親しくなかった人は普通に挨拶したが、親しかった人には皆「高間くんなよ」言われた。やっぱり私はマゾなのか?そしてこの日記でも書いた尊敬する我が恩師、演劇部顧問中島先生。彼こそ完璧なSだ。どんな権力をもった人でも強い態度で望んでいる。私と彼は、園楽と楽太郎のような関係で、心では信頼しながら口では罵倒しあってた。私が彼に悪態をつきプロレス技をかけられるということをしていた。ヤバイ私本物のMやん。今日も、作演したとか、京都でも合同公演したとか、芝居に燃えている話は熱心に聞いてくれたが、教育実習行くいったら「来年転勤しよう」とか「俺のクラスだけはもつなよ」といわれたのになぜか喜びを感じてしまった。ヤバイな。 さて夜は札幌に出て、合同公演を通じてできた友人にあった。彼女とは共通の趣味である劇団四季と三国志(彼女は初恋の人が関羽という、私は尊敬する人が遠術という変な所まで)つながりで、元々中が良かったのが、やはり彼女はSだから私とは相性がいいんだろう、今もつきあいがある。まずは私が近況を話し、彼女も劇団に入ったこと、8月にファッションショーにでることなどを聞いた。やがて話が進むと徐々に愚痴モードになった。彼女は強い女なので、愚痴を聞くのは初めてなので驚いたが、どうやらダメ男にはまっているらいいのだ。意外だった、まずやつと私が恋愛話する事態そもそもありえないし、スタイルは抜群だだが失礼ながらセックスアピールを感じさせないし、強い女だから恋愛ごとにあまり興味なさそうだったし、してもダメ男にはまるタイプには見えんかったからだ。よう考えると確かに母親的なところがあるし、彼女が高校時代好きだった男やつきあってた男を思い出すと、ダメ男ばかりだ。しかし話を聞くとどうもいいように遊ばれている。今はなんとか関係を絶ったらしいが、まだ未練があるらしい。しかしそれでも強い女だと思っていた彼女が意外だった。やはりそこは、きっぱり別れろといいたいところだが、問題なのは私もダメ男だから説得力がないということだ。しかも実は去年私が失恋した時、彼女に相談した時こそ、彼女は実に冷静にそんな女とは別れて正解だと言ったのに、どうして自分の身になるとこうなるんだよ、お互い相手のことなら冷静になれんのね、ならもう未練断ち切ったぶん私の方がましやん。 しかし一番驚いたのが、うちらって高校時代かなりの人からできていると思われていたらしいのだ。確かにいつも二人でべたべた話していたが(私は本当に好きな人とはべたべた話できないのだ)、その内容たるや董卓がどうだ呂布がどうだという話なのだが、回りからはつきあってると思われてたのね。お互いハナから恋愛対象外だったのだが、ダメ男好きと聞いて「もし当時付き合ってっていってらどうだった」聞いたら「案外良かったかも」いいおった。なって惜しいことしたんだ、身近にこんないい女がいたのにまったくなにも感じてなかったとは、当時の私はなんて馬鹿だったんだ。しかも高校時代、浮いた話なんてまったくないと思ってたのにそれ以外にもかなりチャンスがあったらしいことも聞かされた。まさかわし高校の時がモテ期だったのか?なのに気づかずなにもせず終ってしまったのか? でもまあそこで付き合っていても上洛の際に別れていただろうし、そしたらいくら円満に別れていてもこうして会うことはなかっただろう。(実際高校時代の彼女とは円満に別れたけどあってない)実際たいした恋してないけど高校時代は楽しかったし、今は昔を悔いるより、今後が大事じゃないですか。そう考えればかけがえのない友人に会えることを感謝しました。
|
|
|