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2008/01/29(火)
価値ある選手とは客を呼べる選手だ
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病院は暇だったのでずっと相撲を見ていた。今場所は久々に盛り上がった。もちろん、朝青龍のおかげである。
朝青龍が起こした問題に怒る人は不思議でならない。私は朝青龍は好きではないが、朝青龍批判をしている人は嫌いだ(亀田批判・エリカ様批判も同じ類)関係者や大の相撲ファンならわかる。私だって関係者の立場だから、興行を仮病で休んだやつがいたら怒る。普段から相撲が大好きで、横綱が格式を持って行動することが人生において大事なウェイトをしめている人までならわからんでもない。内館牧子氏なんかまさにそうで、彼女の「白鳳が負けたら誰が喜ぶのよ」て発言は(全国の朝青龍嫌いな人が嫌いなわれわれのような人は喜びますよ)ひどい暴言だが、彼女のエッセイを読むともう寝てもさめても相撲のことしか考えてないような人だ。そこまでのめりこんでいる人が批判をするのは、自分の人生で大事なものを汚されているのだからよいと思う
しかし、普段相撲がそこまで大事なウェイトをしめてないような人が、ここぞとばかりに伝統が、格式がだと批判するのは、じゃあ横綱の品格が落ちることがそんなにお前の人生に影響が出るほど不快なのかと思う。
で、不思議なのはその朝青龍が出てる方が盛り上がるということだ。みなが言うようにもし、朝青龍を追放し礼儀正しい日本人横綱だけの相撲界になったとしてみな見るのか?わからんが、少なくとも問題児がいない場所よりいる場所のが注目が高かったのは事実だ。まさに朝青龍は必要悪である。
亀田兄弟が注目されたのもひとえにあと態度のおかげ。結局チケットを売ってなりたつものは、スポーツといえども客を呼べる者が価値があるのだ。人としてできてようが、強かろうが(もちろん、強い方が集客力がある確率が高いので強いに越したことはないが、強くて呼べないなら弱くても呼べる方が価値がある)関係ない。法律さへ違反しなければ。集客力こそが正義なのだ。だから清原は1試合も出なくたってあれだけ貰えてもいいのだ
プロ野球の世界においても、まだ純情だった高校生の頃は読売の横暴が許せなくて、巨人軍なんて自分で軍隊を名乗って憲法違反だから解散させろとか思ってたが、今となっては必要悪だと認められるようになった。読売が、他球団のように育成に力をいれソツのない補強をしたとしたらこれほどつまらないことはない。強奪し、若手は飼い殺しにし、ルールまで都合で変更する姿勢はたまらん。
特に去年1位になる自身がないからって、CSで1位のアドバンテージはなしでといったのに、今年1位になったのに負けたとたんアドバンテージ入れようとし、しかも「あくまで盛り上げるための策、邪推しないでほしい」というマヌケの上乗りの台詞まで言って、おもしろすぎる。これで今年2位になり、そのアドバンテージ分で負けたりしたら最高だ。そんな馬鹿があるからおもしろいのだ。
こういうのはようはプロレス的手法なのだね。プロレスの試合前の人間関係てのは、本を作っているのもあれば、本気で仲が悪いてとこもあるが、それが面白いから試合も見る気になるのだ。もし、ただの実力王座決定戦じゃここまで人気はでなかっただろう。ガチだと思われてる総合だって、演出は派手だし疑わしい試合も多い。
取り組み以外の演出力なんて皆無であろう相撲協会が(やくみつる氏あたりは狙ってやってたかもしれんが、なにせ本業の野球漫画では不祥事起きたらたたくより喜んでネタにする人だし)、これをやれたことは大きい。伝統が多すぎて演出しにくいとは思うが、力士が取り組み後に言う台詞とか私に書かせてくれれば大相撲を復興させる自信はある
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