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2008/01/13(日)
高校時代の後悔
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次の芝居は高校が舞台なので、高校時代を思い出している。自慢じゃないが、私は高校生にもなって毎日学校に行くのが楽しくて仕方なかった。1年の時はホームシック(高校から下宿していたのだ。なぜなら地元に進学校がなく一番近くて100キロ離れてる体。さすが北海道だ)とクラスがあまりよくなくてそれほどでもなかったが、2年でクラス替えしてからは、クラスの馬鹿と高校演劇仲間の馬鹿に囲まれ間位置に楽しく生きていた。普通、高校にもなれば、悩みの一つや二つでさりとてまだ自由がなくて鬱々してる時期なのに幸せな奴である。
しかし、戻りたいかというと今考えるとよくあんな生活我慢できたなと思う。まず、毎朝8時におきて学校に行ってるというのが信じられん。いや、いまだって結局まだ寝たいけど昼から夕方までには起きて練習や働きに行ってるのだから、変わらないはずなのだが(睡眠時間だってたいしてかわらん、むしろ短い)、朝起きるてのは辛いもんだ。できるだけ規則正しくない生活がしたいので、バーに出勤ならいくらなんでも17時までには児童で起きるし、練習なら自分が主宰なんだから嫌な時間に設定しなきゃいいんだから今の方が楽なわけだ
それに、勉強もしていた。今だって、芝居の勉強やら経営の勉強やら酒の勉強やらしてるわけだが、興味のない勉強ほどつらいものはない。国語・社会・美術以外(中身によっては保健体育・家庭科も楽しかったけど)辛い時間をよくたえていたなと思う。特に、進学校のクセに絶対私立文系にいくわしにまで3年まで数学を必修にされたのは辛かった。まあ、ほとんど寝てたか、ノートのはしに脚本か、阪神のトレード案か、次回の内閣改造時の予想リストを書いたりしてたわけだけども。ましてや、受験勉強なんかようしたわ。もう絶対耐えられん。今佛大うけても絶対うからんと思う
あと、移動の自由もなかった。なにせ北海道の地方都市岩見沢である。そりゃ、放課後に友達とボーリング行ったり、本屋行ったり、喫茶店行ったり、カラオケ行ったりと平和な遊びはしていたが、京都で高校生だったらもっと楽しかっただろうなと思う(たとえ札幌だったとしても、すぐ大阪や神戸、行こうと思えば東京にも行ける京都のが有利。大好きな野球観戦も当時は年に1回だったし)。
酒が飲めないのも辛い。まあね、確かに飲んでる奴はいて私はその席にいたこともあるよ。自分が飲まなきゃセーフて甘い考えで飲み会の席にいたことあるさ(目つぶってくれた先生方ありがとうございます)。でも、下宿生のくせに宅飲みせず(友人の飲み会に開放もせず)なんてよくやったとは思う。よう酒なしで生活できたもんだ
恋をしてないのも惜しいところだ。一応、一回彼女はいたけどなんと手つないだだけでキスもせずに別れたのだ。今の総裁ではありえん純情さ(まあ手もつないでない副総裁よりマシだが)。まあ、当時は別にむこうからきたから付き合っただけで、別にいなけりゃいないでいいましてや自分から口説こうとか思ってなかったからいいとはいえ、ヤリたい盛りのはずの高校時に、親バレの心配なく連れ込める下宿生というすごく恵まれた環境にありながら、なにもなしで平気だったのが不思議でしょうがない(24という性欲下り坂になるはずの現在でも、定期的な性交渉が途絶えるとイライライライラするのに)。別に他にチャンスが全くないなら諦めもつくが、今持ってる女性を口説くスキルさえあれば、当時なら何人か付き合えた人が思い当たるので、恋愛欲がなかった当時が歯がゆい
が、上記のようなことなんで、取り戻せないことはない。が、絶対高校時代しか体験できないのに、出来なかったことこそが本当の後悔だ。それが、私にとっての「高校演劇大会地区予選突破=全道大会出場」だ。3年連続地区落ちは当時だって悔しかったが、今振り替えると、もっと頑張ればて思いが強くて年々後悔する。高校生の時は、それなりに頑張っていたつもりだが、今の私に言わせればあんなもん頑張ってないというか、人としてどうしようもない。劇団を運営する中で少しずつでも日々成長し、自画自賛になるがそれを実感するとふと「ああ今の能力と気構えの100分の1でも当時あればいけていたな。なんであんなに愚かでなにもしなかったんだろう」と思う。
なんでそこまで突破したかったのかを、高校演劇やってない劇団員に説明するのはすごく難しいが、とにかく行きたかったのだ。しいていえば、まだ見ぬ他地区の代表校の顧問や生徒にに自分の演技を見せ付けたり、逆に見たりして、友達になりたかったというのが近いんだけどこういう感覚て、演劇しようなんて考えるほど自己顕示欲が強くない人には説明しづらいんだよな。下手すりゃ友達は多いに越したことがないてことすら理解されない世の中では(あとは、泊まりでどっか行きたいてのあったがね、地区大会じゃ日帰りだし)
内閣参加者の本宿渋味も石狩代表として、松山隆行も十勝代表として北海道大会に出てるにも関わらず私は行けてないのは引け目があるし、寺澤も和歌山県大会まで行ってるし、唐仁原の出身校、鹿児島池田高校なんて全国常連の名門なわけだ。たとえわしが将来大河ドラマをかくような脚本家になったとしても、高校演劇で3年連続で地区落ちしったってのは絶対取り返せないんだな。もう一回高校生になるわけにいかんし、今から教採うけて顧問なって突破したところで、生徒として行くのとは絶対違う(なにより総裁がやりたい芝居は高校演劇とは違いすぎる、下ネタが言えない!)。昔、どっかのプロピッチャーが「どんなに活躍しても甲子園に行けなかった引け目はある」と言ってたがあれと同じだ
と、いうことを踏まえたうえで、次の芝居は書くわけだけれども、これをどこまで台詞にせずに(台詞で言うと陳腐だから)客に伝え、最終手段として高校演劇でプロレスをするという強引な展開を納得させるかが今回の芝居の課題だ。部長がなんでそこまで近畿大会に行きたいかにリアリティがあってお客さんに伝わらなきゃ芝居にならんしなあ
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