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2008/04/23(水)
感情で動くな。考えろ
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光市母子殺害事件は本当にあたまくる事件で、被告人である少年は死刑で当然だと思うので今回の判決は誠によかったと思う
と、感情では思うが、社会に生きるまだまだガキだが一応24歳の大人として、人が死刑になってよかったと口にするのは恥ずかしいと思う。なので、死刑で当然だとか、死刑でよかったて日記に書ける人はなんなんだろうと思う。まして、市中引き回しのうえ打ち首にしろとかなんとか、そりゃ私も遺族だったらそれくらいしてほしいと思うさ。が、そういう発想を思い浮かぶのは、子供のときに卒業するものだ。いい大人、人類が有史以来いかに長い年月をかけようやく、どんな犯罪者でも残虐な刑罰というものはやめようということを思いついたか(というか、一部の国ではいまだにザラにあるわけだ)を勉強するものだ
感情論として、この犯人に怒りを覚えるのは人としてありやと思うが、自分と直接利害関係のないことに感情で判断しあーだこーだいうというのは恥ずかしいと思う、私は人の子といえない感情で動く人間だが、その分理論的に行動することをよしとする。
私は死刑廃止論者ではない、審議をつくしたうえでの死刑ならそれはありだ。しかし、凶悪犯罪がおきれば、とにかくすぐ死刑だなんだ、人が死刑になってよかったなんぞいうのとは一緒にしてほしくはない
弁護団に関する批判も、感情論だけいえばとんでもない話をだし遺族の感情を逆なでするような方法は腹が立つが、弁護士の仕事が真実を明らかにすることなのか、真実を捻じ曲げてでも被告人を減刑させることなのか、どっちが仕事を頼みたいかといえば絶対後者だ。だから、感情論では嫌な奴らだと思うが、仕事をした弁護団は見事だと思う。批判すべきなら、結果としてあの戦術をとったことにより余計裁判官の印象を悪くし死刑に傾けさせたという戦術ミスだ
しかし、本来一番感情的になってよい、感情的になっても誰もせめない本村さんが一番冷静で、言葉を選んでそのうえで死刑を望むという態度をとっているのは立派過ぎる。私が被害者なら絶対取り乱して、なにも考えずに死刑を望むだろう。
被告人の当然権利である上告に対し、被害者の本村さんが冷静に「権利だからいいと思う」と言ってるのに、赤の他人が反省してないだなんだ文句たれるのは、決して社会全体が犯罪を憎むといいうよいこととは思えないのだがね
法律や裁判結果が世論と乖離しているというのはよくないことだが、左右されすぎるのもよくない。やっぱしこんなんで裁判員制度とか大丈夫かね
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