ヒビサマ今日の一言
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2011/05/31(火) DDT
いや、ツイッターをやってると日記を書かない書かない。
 
 久々に書くのは感想を書くと伝えたからだ。お伝えした方は、DDTプロレスリングの高木三四郎大社長に、書かないわけにはいかない。

 DDTといえば、エンタメプロレスの走り。高木社長本人が著書にある通り、数少ない文化系的な思考でプロレスをする団体である。笑の内閣のプロレス芝居も、DDTがなければ誕生しなかっただろう。なにより、我々がプロレスを習った、大阪学院大学プロレス研究会は、DDTの主力レスラー男色ディーノさんの出身団体である(しかもうちの審判部長の野口は、OWFの皆さんがやってるアメリカ村プロレスに特別参戦したディーノさんの試合を裁いているのだ!)、つまりうちのお笑い部分はそこらへんのイズムも流れているわけだ

 と、いうことで見に行った。なんと、三四郎さんに当日清算券のお願いをしていた。芝居で当日清算はよくあるが、プロレスでは珍しい。当日清算は、主宰者側にはリスクしかない(当日予約だけしてこないと1円にもならないし、ただチケットの半券を切る以外に金銭授受をすると受付の人数が増える)のにやってくれるのはたいへんありがたい。

 当日、バスの故障で、牧ノ原SAでバスを乗り捨てタクシーで掛川駅まで行き、新幹線できたことで20万以上余計な出費をしたそうだ。交通トラブルによる遠征の怖さは他人事ではない。うちは、公共交通機関で動くから金銭はともかく、現地到着が遅れるとぞっとする。とはいえ、滞在費のこと考えたら余裕もって遠征先には行けないしなあ。

 さてさて、この日は大阪公演を見に来てくれた泉州力さんが参戦したり、キングオブDDTのトーナメント、ロイヤルランブル、ディーノさん対ボブ・サップからの刺客。と色々な試合があって楽しめた。ここで重要なのは、実は私が最近のDDTの動きをよくチェックしてないけど十分楽しめたということだ。

 我々がなぜ、普通にプロレスをするのではなく、「プロレス芝居」をやっているかといえば、一番の理由は普段は普通に芝居をする「劇団」だからだけども、次に前もって前半何十分か「演劇」をしないと、今回役者が演じているキャラクターがどんなキャラクター、何故戦ってるかわからんからである。

 メジャー団体であれば、例えば新しく外人選手が参戦したとしてどんな選手なのか事前にマスコミが報じるし、その戦いにどんな因縁があるかとかも報じてくれる。つまり試合に至るまで、観客は十分予習して楽しめるわけだ。

 しかし、普段は嵯峨シモンだの末山孝如だのちっくだの由良真介だの名乗って普通に芝居している役者が、急にリッキー•クレージーだの、駒田組長だの、ザ•グレイブディガーだの、ユーリー・ヤポンチクだの名乗って、しかもどんな因縁があるかも知らんで戦ってても意味が分からん。なので、芝居をしなくてはならんのだ。

 しかし、この日のDDT大会は、もちろん、ある程度の予備知識はあったとはいえ、試合までの因縁も知らない選手も直前のVTRだけで十分感情移入出来て楽しめた。これは、すごい技術だと思う。VTRの巧みさ、かつ選手の技術力が「あんま知らなくてもすげえ」と思わせるだけあったからこそだと思う。それこそ新日の動向なんてのは(ベルトの動向とか)、実は試合の動画あんま見てないけど、自然と耳に入ってくるから、いざ会場見に行って感情移入出来るけど、例えば本当に予備知識0でいったらどうなんだろうって考えたら、なかなかすごいことだと思った。今回のトーナメントで優勝したKUDO選手については、もちろん知ってはいたが、そこまでよく知った選手ではなかったのだが、3時間の間にすっかり感情移入していて応援していたし。

 と、いうことでプロレス芝居は予算的に厳しいから、黒字公演が続くまで一旦休止宣言したけど、やはりいつかは東京でやって三四郎さんやディーノさんに見てほしいなあと思った(プロレス芝居終了の理由の一つはマッスル坂井引退で、もう東京に行っても坂井さんに見に来てもらえへん。ならいいやと思ったのもある)。おかげさんで、普通の芝居なら東京公演はそこそこ回数重ねられそうだが、身一つで行ける普通の芝居と違って、マットを運ぶ輸送費がかかるうえ、リングが入る劇場(広い分高い)でさらにリング建てる時間分仕込み期間が長くなる(劇場を借りる期間が長くなり高くなる)ことを考えると、あと何回かは東京で普通の芝居の公演して安定した集客を得られるようにせんととてもいけないが。(ちなみにプロレス芝居復活の暁には、上記の劇団経営で苦しんだ経験を活かして、「もしもインディープロレス団体のマネージャーが、ドラッカーのマネージメントを読んだら」を書こうと思う。その際はぜひ草間元新日社長をアフタートークゲストでよびたい)

 そして、来週は新日に行くのだ。大きな声では言えないが、招待券を持ってるので、行きたい人は連絡下さい。

2011/05/16(月) 社会人一週間
まあ、一週間は仕事したわけですな。主な仕事は社長の息子(2歳)の子守りです。とても元気なお子様で。いや疲れる。可愛いが、あれが24時間家にイルカと思うと、子供を作るのは躊躇しますね

 まあ、仕事の内容はベラベラ喋るもんではないので、まあ3人しかいない会社でこれから立ち上げるのですから、ボチボチやってます。まだ、そんな忙しくないので楽です。ただ、いつまでも忙しくないと、それはそれでとても困るので早く儲かるようにしましょう。

 しかしまあ、おそらく高校時代から10年ぶりに、朝起きて夕方家に帰る生活になったわけですが、これが夕方から家にいると意外と寂しい。まだ、野球がある日はいいけど、これが冬になって日が暮れるのが早くなって野球もないなんてことになったら(というか、地デジ化に対応してないので、7月からテレビを見ないことにした)、どうしたらいいか。

 私は高校時代から下宿していて、異常に寂しかったのが、大学に行ってから全然寂しくなくなったのは、単に成長したのもあるけども、夜家にいなかったというのがでかいのかもしれません。そして、ここ数年さらに、夜に働いてたのでね。夜働いて、4時くらいに家に帰ってすぐ起きてねて、昼起きて、夕方でかけるという生活は、一人でも全然寂しくないですが、朝起きてでかけて夕方家に帰って、しばらく起きて生活し12時くらいに寝るというのはなぜか寂しい。

 さらに、予定のない週末というのはさらに寂しいのです。今までは週末は夜働き、昼に稽古だ芝居だ競馬だと行ってたので、全然寝れんわ予定いっぱい(仕事も、一番忙しくいっぱいお客さんに会えるので平日より楽しい)だったのですが、仕事もせんと観劇や競馬にいってもなにか哀しい。しかしなぜか、別にバー時代の平日の休日は、なんの予定もなくても全然寂しくなかったのになんなんだろうか。

 私は演劇第一で、結婚願望がかなり低かったのだが、どうも今更寂しいなあと思うようになったのだ。今まではヤクザな芝居とバーをしてたからかもしれんが(今だって、昼にしてはヤクザだが)、うーん、これもまともな社会人への道か。

 と、いいつつ一番は単に今、練習してないからで、練習しだしたら平日の夜も土日も稽古するし、みんなに会えるから寂しくないんだろうけど(あと、3人しかいない状態から、世間話する同僚が増えたら)

2011/05/08(日) 就職
 明日から就職することになりましてん。まあ、バーという楽しくて仕方ない職場をやめたのは元々昼の仕事にシフトすることを前提なわけですが、なかなか転職うまく行かず鬱になりましたが、なんとか。なんと、知人の起業を手伝います。演劇より多少マシなだけでギャンブルにかわりないじゃないかということですが、私は人生において絶対譲れないのは2点「演劇を続けたい」「なるべく楽にいきたい、楽しい事だけしたい、苦しい事は少なくしたい」「楽をするためならどんな苦労も、どんな努力もいとわない(矛盾している)」なんで、その条件に合うにはもってこいの職場です。

 もちろん、演劇で安定した収入を得れればさっさとやめますが、さりとてその演劇の仕事が、やりたい芝居かもわからん、なによりこのまま安定した収入無しにフリーターを続けると芝居じたい出来なくなる危険も考え、これはいったん金を貯めようと就職だと思ったわけですが、稀代の極悪党である小泉、ケケ中のせいで今この国は「普通に就職をして趣味で芝居を続ける」ことですら難しい状況にあります。私一人なら、私が頑張ればなんとかなるでしょう。しかし困った事に、お芝居は一人では出来ないのです。私は一緒に芝居をしたい仲間が居ます。つまり趣味で続けようにも「一緒に芝居したい仲間に全員そういった職に就くための努力をしてもらう」必要があります。努力が嫌いだから、モラトリアム的に芝居をしている社会落伍者にそんなことは不可能に近い、幸いうちの180キロある副代表は継ぐ寺がある僧侶なので将来安泰ですが、もはやこの国は「趣味で芝居を続けるより、芝居で売れる方がまだ可能性がある」国になってしまったのかもしれません。

 しかしこれは、いくら有能な為政者の治世化であっても芝居を志すものすべてが売れるなどということはありません、たいへん難しい道です。となれば、方法として、芝居に関係のない儲かる会社を起こしそこで一緒に芝居をしたい仲間を雇用する。これしかないのではないかと思うわけです。

 しかし、私のような社会人経験のないものが儲かる企業を起こすなど、芝居よりほんの少し(いや、芝居はまだ才能があるが、商才があると思えんのでそれ以上に)マシなだけで厳しいのですが、こんな注意欠損多動性障害という仕事をするというスキルにおいて非常に問題があるうえ、それにあぐらをかいて直そうともせず、自分が世界で一番偉いと思っている傲慢不遜な私でも企業するために力を貸してほしいとおっしゃっていただいた社長のために、精一杯努力したいと思います。いや、そんなこと書いても私は人のためになにかをすることはありません、すべては自己利益のためです。ですから、しょせん他人に雇われる企業では本気等出さないでしょう。客演してても本気出さないから、客演で呼ばれなくなったし、そもそも自分で劇団をたちあげたのです。ですから、自分のため、自己利益のため起業するしかなかったのかもしれません。

 正直言いましてこの話に乗りましたのは「私は絶対に1銭も出さない」ゆえに、失敗しても損害はないし、少なくとも履歴書に翔る経験にはなるという事と、社長の考えに共鳴したからです。それは「十分な利益を出したら、もっと発展する気はない、好きな事をしよう」というものです。

 私は石川遼の「今年の賞金全額寄付」てニュースをみると凄い男だと思いました。「全額寄付すること」じゃなくて「全額寄付しても生活出来るくらいお金を持ってるのにまだ仕事をしている事」が。私ならもう働きません。いや、引退はしなくても少なくとも練習はしないでしょう。

 この国はひたすら経済成長する事で発展してきました。それは素晴らしい事です、でももうその呪縛は取り払っていいんじゃないでしょうか。この国のほとんどの商売は「経済が成長することを前提に」なりたっています。だから苦しいし、なんとか成長しようとしているのですがもういいじゃないですか、どのみち少子化で衰退するんで「衰退する」ことを前提に商売すれば。という観点で、うちの商売は「経済が衰退してもなんとかなる商売」をします。守秘義務とかあるんで具体的には書きませんけど。

 成長ってのは目的でなく手段です。成長しないで、堕落して幸せになれるならそれにこしたことはないじゃないですか。私は楽して行きたい。苦しい事はしたくない。芝居を楽しく続けたい。幸せになりたい。そのために、明日から精一杯精一杯努力し続けたいと思います。

2011/05/07(土) 復興支援コントにいきたい
 今日はCTTに行って来た。直接は田中遊さんからのお誘いであったが、仙台の方が来るというのが決め手でもあった。宮西さんという方でたいへんおもしろかった。

 地震が起こる前から、次は仙台がいいなという思いはあった。札幌、東京、福岡と来たら、次は名古屋で5大ドーム制覇なわけだが、正直内閣の遠征は採算性無視の旅行なので(名古屋は近いし、なにより名古屋の友達は京都公演も見にくる)、仙台がいいなあというのと、村井知事による性犯罪者GPS義務化問題をみて、これはのるてひっさげてツッコミにいくしかねえだろってことで目論んだわけだ。

 その後に震災があった。心が折れた。そもそもGPS問題も、んなことしてる場合じゃないと流れた。が、逆に行きたくなった。正直、便乗してる、売名行為、不謹慎と思われかねないし、なにを思い上がってんだと言われるだろうが、笑の内閣に出来る復興支援は現地に行って笑わせる事なんじゃないかなと思った。

 3月の公演で義援金を集めた。正直に「被災地に送る義援金じゃありません、我々が仙台に行くための義援金です」と言った。そんなうさんくさいのに11891円もいただいた。1000円入れてくれた人から、伊藤博文の100円札まではいっていた。これを集めた以上はいつかいかなくちゃならない。

 まずプロレスだとマット運搬があるからきつい。かといって、コントは不謹慎なネタが多い。ぷるとちゃんは笑いを起こすより傷を付けてしまうかもしれない。不安もあるが行きたい。そうか、CTTという手はあるかとは思った。道は厳しいけど、今、笑の内閣がなにが出来るか。なにをしたいか、すごく考えたい

2011/05/05(木) 非国民文化祭1
 国民文化祭とは、まあいうてしまえば各県もちまわりでやる文化祭。国体の文化版みたいなもんだ。まあ、かならず開催県が優勝する国体も十分胡散臭いが、はっきりいって今回京都でするということではじめて聞いた。文化に関わる人間としたあるまじき無知である。私は、高校時代の文化系に比べ、体育科系部活が優遇というか、まあ実際はそんなに露骨な優遇はないんだけど、それ以上に、学校内ヒエラルキーで体育会系のが上のような扱いを受けてる、もうというかもう音楽系以外の文化系はきもい扱いされてるのが腹が立っている(高校から演劇部に入るような奴は確かにきもいが)ので、よく考えれば国体があるのに、国民文化祭がないなど許せる事ではなかったのだが

 で、今年は京都であるわけだ。そもそも、1300年日本の文化の中心であった首都京都(正確には遷都などされていない、天皇は140年遊びに行ってるだけである)が第26回まで回って来なかったのは腹立たしい限りであるが、普通に考えれば(道州制になって都道府県が廃止されなければ)次あるのは47年後2058年である。私は74歳だ。第107次笑の内閣をやってる時だ。いくらなんでも80歳になってるシモンさんがプロレスしてるとは思えないので、地元で参加するなら最初で最後のチャンスであろう。

 と、いいながら、のるてや反社会的じゃなかの準備で忙しいとか、わしの仕事が決まらんかったりメンバー先の予定が決まらんとか、鬱ってるうちに、出演団体の応募は終わったの(そもそも文化祭中の期間は練習出来なさそうだったこともあり)、もう無理なわけだが(と、いうかうちが選ばれるんかって話)、応援イベント募集ならできるわけだ。おりしも、うちの劇団の次回公演はその応援イベントに合致する9月に決まったので、募集条件には合うのだ

 が、問題は第13次笑の内閣のタイトルは「非国民文化祭」にしようとしていることだ。もうこれは、昨年国民文化祭の看板を見つけ、マスコットキャラのまゆまろくんが眞野君に似ている段階で思いついた。これはそれこそ、次回は第107次笑の内閣の時しか使えないので、使いたいんだな。

 まあ、タイトルは変えたところで、中身は一昨年と同じ危ないコント集である、ラインナップといえば「日本一危険なホームコメディ、あいちゃん不登校になる」「田母神俊雄アワーウヨっていいとも」「被爆少女ぷるとちゃん」「もしも、高校野球部の女子マネージャーがマルクスの資本論を読んだら」「自傷女戦士メンヘラムーン」とかである。とても反社会的である。なにより応募条件の中に、「政治、宗教活動をふくまないこと」とあるじゃないか。

 で、ここが問題である。私は、いつもヤバメなネタをやっていて、社会派とか反体制とか思われていると思う。が、そんなことはない。のるてだけは「反表現規制」という目的があったが、あれは「好きな作品が書けなくなることへの対抗のための自衛手段」にすぎない。それ以外の時事ネタは笑わせるために、政治、宗教をネタにしてるだけで、目的があるわけではない。皇室はネタにしているが、別に天皇制を廃止したいなどと思ってない、手ふって真似したら笑えるからやってるだけだし、創価学会は笑えるからネタにしてるだけで別に私に勧誘にさえ来なければ問題ない。

 なにより私が反体制作品を書いているのは、体制が私を庇護しないからだ。私は、シェイクスピアやモーツアルトのように、権力によって庇護するに値する才能を持っていると思っているので、庇護をしない現在の体制は頭が来る。よって、報復として反体制な作品を書いているのだ。もし私を黙らせたければ金をよこせばいいのだ。例えば、私は今は反原発の芝居を書くが、東電が金さえくれればいくらでも原発ヨイショの芝居を書く用意はある。

 と、書いておきながら矛盾しているが、私にもやっぱり信念という物もあって、やっぱり創価は嫌いだし、読売や産経は嫌いだし、小泉も石原も嫌いなので、いくら金をもらっても、そういった作品は書けんというのもある。と、いうよりそもそも人から条件付きできた依頼は、自由に書ける作品よりやる気は出ん。

 そのうえでだ。実は日よって、「国民文化祭」に応募するか、んなもんしったことかと「非国民文化祭」を脇でやるかというのは、ちゃんなる洒落の問題ではなく、私と笑の内閣の演劇への関わり方を、考える話になってくると思うのだけど、長くなるから続きは今度!

2011/05/03(火) 非国民文化祭2

演劇で金銭を得るというのは、まあ大まかにわけて、チケットノルマで得るか、自力で収入を得るか、スポンサーから収入を得るか、行政から補助金を得るかであろう。笑の内閣でいえば、毎回参加費があって、チケット収入も会って、スポンサーとしていくつかのお店からお金をもらって、行政からの支援は、まあ唯一言えば北海道演劇財団からシアターZOOの劇場費を無料にしてもらったという手段を得るということで、全部のパターンを制しているわけだけれども結果は、ノルマなしで+が2回、ノルマありで+が5回、ノルマあってなおマイナスが6回であるが、かけた時間を時給換算すれば当然ながら、飯になってない。

 と、いうことでまあ、とにかく売れ選路線で行くか、助成金を巧みに狙っていくかになるわけだが、そこが「国民文化祭に応募するか」「非国民文化祭をやっちゃうか」の違いだと思う。まあ、実際国民文化祭に応募したって協賛にならない、非国民文化祭をしたって売れるわけではない可能性が高いわけだからどっち選んでも関係ないわけだが、自分の思想の関係である。

 上記及び、昨日の日記にもある通り、私はどっちが選びたいかと言えば、どっちもあるし、どっちも突き詰めてない。時と場合によって「税金てのは払うもんじゃねえ、ぶんどるもんじゃい」というのと「補助金に頼るなんて文化乞食じゃねえか」ということをどっちもかっこつけていっている。私は、自分の立場を自己正当化するから、それこそ生活保護をもらっても「真面目に働くなんてばからしいね」というし、高額納税者になれば「わしの税金使って、あいつらに食わせんなや」と言うような男だと思う。

 私には、いまだ文化に税金を投入する事が、必要な事か、無駄な事かの結論を出せていない。権力に媚びず、好き勝手にやっていることにもかっこいいと思うし、マサホさんをはじめ政治家と親しくしてちょいちょい恩恵をうけてやろうとか、演劇界の先輩との交流、工作も好きだ。と、いいながら、そこまで先輩方に可愛がられてない現状をみると「そんなもん知るか」と言い出す。ご都合主義だ。

 両天秤書けてうまくいくならそれでいいんだけど、まあどうなるかわからんねえ。今日書いてるコントがもしマルだしねえ。


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