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2011/06/01(水) 強制
 本当はもっと後に書く筈だったが、不信任案可決となれば書いてる場合じゃないので今日書く

 私は煙草が嫌いだ。私の身の回りの喫煙者は尊敬するところがいっぱいある人は多いが、煙草を吸っているという点は嫌いだ。しかし、分煙がされていれば十分。煙草をやめろとは言わない。煙草をこの世からなくせとはいわない。それは他人の趣味、嗜好は自分に迷惑がかからなければ口を出す事ではないからだ。なにより、この煙草のところを酒に変えられて誰かに禁止しろといわれた時に反論出来ない。煙草は百害あって一理なしだが、酒は百薬の長だと言っても説得力は半減。自分の好きなものの自由を守るためには、自分の嫌いなものが禁止されようとする場合でも守らないと整合性が無くなる。

 その意味で、国旗国歌の強制条例は反対である。

 まず、石原への反論は簡単。やつの強制はただの「愛国心の押しつけ」、自分の価値観が第一で、他人への寛容性のない我欲認知症老人なので早く死ねでいい。

 橋下の方は「組織マネジメント」というが、ようは仮想敵を作って締め付けをしたいといことであろう。ある日には「職務命令に従わない事が問題」といいながら、別な日には「国旗国歌に敬意を払わない事が問題」という、どっちなんだ。

 まあ狙いはどうでもいいのだけど、残念ながらこれを自分の危機感と感じず賛成してしまう方は多い。日の丸君が代に賛成か反対かを別にして、権力が強制力を発揮することがどれだけ怖いかまで考えてないのだね。これは間違いなく思想統制だからだ。

 賛成派は、礼儀の問題だなんだ。教師がわがままで立たないなんて子供の前で示しがつかないというけれど、私が子供を教育するにあたって、一番大事なのは、自分でものを考えて、自分の行動は自分で判断をする子供を育むことだと思っている。「満足な豚であるより不満足な人間である方が良く、満足な馬鹿より不満足なソクラテスの方が良い」ということを教えるのが人間である。

 なので子供に歌わないことを都を強制をしたり、授業中に学習指導要領に逸脱した反日教育をする教師は処分すべきと思うが、私が学んだ先生は賛否両方含めた意見、式典のマナーを守る事の大切さまでしっかり教えてくれた上で、「自分で判断しなさい」と教えてくれた、これは君が代だけじゃなく校歌の時も贈る言葉でもだ。そして、「自分のクビをかけてでも、納得いかない事は徹底的に戦う」背中をみせてくれたおかげで、私は青少年活動センター有料化の際も、のるて上演拒否事件の際も、上の決定だし仕方ないかで済ませず徹底的に戦う事が出来た。


 逆に言えば、従えというのは、意図的にも潜在的に別として犬になれということだろう。確かに、その方が生き方としては賢いかもしれない。しかしそれは強制する権力者にばかりメリットがあって、我々には長期的にはデメリットしかない。その結果「民間では職務命令に従うのは当たり前」とかいう奴隷的発想が出て来てしまう。私が先月から始めた会社は起業したばかりなので仕事で(雇用者なのに)労基法を調べたが、業務に関係のない業務命令に逆らっても(人間関係は悪くなるが)、処分する方がおかしいのである、例えば朝礼で社歌を歌わなきゃクビだろっていうのは奴隷の発想。社歌の拒否は労基法をどう見たって、解雇自由にはならない。

 なにより「日の丸君が代が嫌いなら日本から出て行け」なんて意見が出るのが哀しい。上記のように自分に気にくわない相手だろうが、尊重し合う寛容な社会を作る事こそが教育の基本なのに、残念ながら表現の自由を大事にしなければならない演劇の世界ですら、「あんな演劇はダメだ、やめろ」とかっていう輩はいる。嫌いな芝居なんか見に行かなきゃいいんだけじゃねえか、他人の事なんかほっとけよ。もちろん、他人に迷惑をかけるのはあかんよ、なんで妨害行為的に国旗を引きづりおろすとかは許せんけど、座ってるの人がいるのがそんな嫌なのか、そもそも思い出に残したい式中に流れる事じたいが嫌な人方は、歌いたい人に配慮して流す事だけは我慢してやってるのに。、歩み寄りがないのか

 私は、日教組の先生方から自分で思考することを教わったおかげで、日教組の考えには逆らって「日の丸君が代自身」には問題があるとは考えないにいたった。よって、日の丸君が代そのものに軍国主義を彷彿させる等とは思わない。が、現在行政がお獅子済める日の丸君が代強制は、例え旗が「白地にうんこ」でも国歌が「金太の大冒険」であっても、軍国主義を彷彿させると言わざるを得ない。

 てか大阪自民党も反対してるのが興味深い。そりゃそうだ。こんなもん真に愛国心を育てるには逆効果しかない。強制されたら余計反発するやつもいるし、半日教師の排除をしようっても、わしが反日教師なら「式典ではしっかり歌って、監視のない授業で反日教育する」わな


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