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2009/10/11(日) 「神の大きな喜び」畑中康雄勧士
信徒礼拝 (聖書)ルカ15:1〜7

ルカ15章1〜7節の「見失った羊」のたとえ話は、イエスが罪人を歓迎されたことに対して、聖書学者たちがイエスを批判したのに答えて話されたものです。聖書学者たちは罪人と席を同じくすることは自分を汚す事だと考えていました。それに対してイエスは神はこのような罪人が神のもとに帰ってくることを最もお喜びになる、そのような罪人を神の国へ招くために私は来たのであると説かれたのです。

●この1匹の羊を探し出す為には羊飼いは、残された99匹の事も或いは自分自身の身に降りかかる危険さえも忘れて1匹の羊の事に集中したのです。悲しんだのです。この悲しみこそが神が人に対して持っておられる愛の悲しみにほかならないのです。神は人間をどこまでも愛してくださり、この羊飼いのように人々が神の元に帰ってくるのを大きな愛を以て、危険をも顧みずに追い求めておられるのです。

●私たちは幾度つまずくか分かりませんがしかし、顔を主に向けている限り、何度でも赦してくださり、そしてついにはその恵みと力によって(良い事をしたから神に愛されるのではなくて神
の恵みと力によって聖化されて)
@イエスに喜ばれない事は全部私たちの生活の中から消え去り
A主に立ち返ったその事によって赦され
B主は何にも勝る大きな喜びと祝福を与えてくださるのです。神の絶対的な愛は人間の数字の常識を越える「1は99より大きい」と言う神の愛の真理がここにあるのです。

●私たち一家は幸いにもクリスチャンホームを形成する事が出来ました。父は若い頃にキリスト教を求めていましたが約40年間もの間教会から離れていました。そんな父が私の結婚と言う事を通して再びキリストに捉えられる事になったのです。私の結婚式、そしてその1年後の父の受洗、続く母の受洗はたとえ話の放蕩息子の弟のような生活をしていた父を「死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」(ルカ15章32節)と喜んで迎えてくださった神の愛がなければ無かった事なのです。
●たとえ今は主を信じていなかったとしても、また暫く教会を離れていたとしても神は貴方が礼拝に出席し、またご家族共々に信仰生活を送られる事を待ち望みそしてその事を大きな喜びとしてくださるのです。この「神の大きな喜び」、「神の大きな愛」に心から感謝します。 


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