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2009/05/10(日)
「だから母は我が子に」大嶋博道牧師
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母の日記念礼拝 (聖書)サムエル上2:18〜26 序 論: 今日は「母の日礼拝」としてサムエルを育てた「ハンナの子育てについて」学びます。 サムエルが生まれる前の出来事が1章にあります。それによると「ハンナは不妊の女でした」「神殿に行き祈りました」「生まれた子どもを神に捧げると誓いました」「そしてサムエルを産みました」「サムエルを乳離れするまで手元で育て」やがて「祭司エリに預け、サムエルはそこで豊かに育ち」「ハンナはサムエルのために毎年エフォド(祭司の上着)を送り届けた」とあります。 一方、2章には祭司エリに与えられた2人の子どもの事がサムエルと対比して書かれています。エリの息子はならず者で主を知ろうとはしなかったとあり、神殿に捧げられた肉を横取りしたとあります。これは神を冒涜する罪でした。そしてこの事を諭した父親の声に息子は耳をかさなかったとあります。そして、主は彼らの命を絶とうとしておられたのです。 本 論: サムエルが偉大な人となったのはハンナの子育てにありました。 ハンナは@真剣に主に祈る人でした。 皆さんは子育てのためにどれだけ祈りましたか。(ハンナと共にアウグスチヌスの母モニカも放蕩に身を崩した子どものために涙を流して祈った代表的な母の一人として良く知られています)涙の祈りの子は決して滅びることがないのです。
Aハンナは自分の子どもを神に委ねることが出来ました。 「委ねる」とは、神に信頼し、期待すること、期待して待つことです。ハンナのように乳離れした我が子を神殿のエリ先生の元に託す中で、我が子を神様におゆだねする事が出来るでしょうか。皆さんは我が子に期待していますか?祈っていますか? 神様におゆだねしていますか?
Bハンナはサムエルに愛をいっぱい注ぎました。 毎年、サムエルの成長に合わせてエフォドを縫って、神殿に詣でるときにそれを我が子に贈り続けたとあります。ここに母の愛をみる事が出来ます。母の犠牲的な愛は子どもを豊かなに育みます。母の痛みなしに、子どもは健全に成長しないのです。 まとめ: サムエルの父エルカナと母ハンナの祈りと、神に全く委ねる信仰と、犠牲的な愛こそ、一人の子どもを偉大な祭司、指導者に育て上げたと言えます。 物質的に豊かな現代の中で、「子育ての困難さ」を感じます。しかし、子どもが健全に育つ秘訣が、このサムエル記上1〜2章にみごとに記されています。改めて、聖書を読み直しましょう。神様はあなたの子どもを心身共に豊かに育んでくださいます。
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