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2009/09/27(日) 「ダビデの転機」〜主よ、私を憐れんでください西脇衛士勧士 
 フレンズサンデー信徒礼拝 (聖書)詩編51:1〜11 
(序論) 
 信仰が成長していくためには超えなければならないハードルがあります。それは「悔い改める」ということです。
(本論) 
 今日の聖書は「悔い改めの詩編」といわれます。「悔い改める」とはどういう事でしょうか。辞書には「悪事や過失を悔いて善に向かう」とあります。今まで犯した事を反省し、心を改めて、善人になったりすると、あの人は悔い改めた、と言います。しかし聖書が教える「悔い改め」はこれらのものとは違います。「悔い改める」という言葉はヘブル語では「帰る。今までのものから離れて出発点に立ち戻る」という意味がある【シューブ】と言う言葉が使われています。「今までのものから離れて出発点に立ち戻る」ことが「悔い改める」と言うことだと聖書は教えて
います。
 では、「今までのもの」と「出発点」とはどこでしょうか。「今までのもの」とは、神様に対して罪を犯してきたことです。そして出発点とは神様のもとです。
 ダビデは幼い時に神に選ばれ、イスラエルの王として順調に成長していきます。しかし、王となったダビデの心に隙が出来たのです。それは姦淫と殺人の罪です。その罪を預言者に指摘されます。しかし彼は何の言い訳もせず、自分の罪と向き合います。この詩編はその時のダビデの心の苦しみを読んだものです。

 罪のことはあまり聞きたくありません。人間は弱いものだから罪を犯しても仕方がないと諦め、開き直っていないでしょうか。罪は神から離れていることです。
150年前に来た宣教師達は日本に福音を持って来ました。その福音とは真の神が居ますことと、その神に対して犯している罪からの解放(赦し)の恵みの事です。 
 ではこの解決はどこにあるのでしょうか。そのヒントが放蕩息子のたとえの中にあります。父から離れ、罪の生活の中で苦しんだ彼は「我に返っていった。・・そうだここをたち(離れ)、父のところにいって(帰って)・・」これが悔い改めではないでしょうか。そして自分の罪を告白(ホモロゲオー=同じ事を言う。言い訳しない)したのです。父は彼を赦し、全てを回復されました。

 ダビデもまた罪赦された喜びを詩編32:1〜「いかに幸いなことか。背きを赦され、罪を覆っていただいた者は」と告白しています。「わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように」詩編19の14とあります。たとえどんな小さな罪であっても、即座に主の前に持ち出し、悔い改めましょう。そして十字架を仰ぎ見て罪の赦しを確信しましょう。「ダビデの転機」を私の転機としましょう。

(結論) 
日々主の前に出て、悔いあらための生活こそ、私たちの信仰を成長させるものです。なぜなら悔い改めこそ人を真に謙りくだらせ、新しくするからです。
そのためにイエス様はいつもあなたを待っておられます。


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