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2010/01/31(日) 「神には負けるが勝ち」石黒則年牧師
特別礼拝 (聖書)創世記32:23〜32

今日の聖書の箇所は「ペヌエルでの格闘」と言う表題がついている有名な箇所です。
ヤコブが「ヤボクの渡し」を渡ったときに経験した神との争いが記されています。この箇所から1つの大切な事を学びます。
 
 ヤコブは生まれた時に兄エサウの踵(かかと)を掴んでいたので「彼は掴んでいる」と言う意味で「ヤアコープ」と名付けられました。それはまさしくヤコブの人生を凝縮した名前てした。ヤコブは兄との争いからハランの地に逃亡します。そして数十年経ってヤコブはエサウとの再会に向かおうとします。そのためにヤコブは先ずエサウへ多くの贈り物を贈り、次に2人の女奴隷を行かせ、そして11人の子ども達を送り、自分は「ヤボクの渡し場」に残ります。そこで「ある人」との格闘が始まります。
なかなか勝負がつかなかったのですが、最後には腿の間接を強打され、「その人」の勝ちとなります。しかしながら「その人」はヤコブが勝ったと言います。そしてヤコブにこれ
からは「イスラエル」と名乗るように言われます。それは「神は勝ち抜いた」と言う意味があります。

 格闘した相手に実際には負けているのに相手の人は「勝った」と言われます。それは「良く戦った」と言う事を言われたのでしょう。ここではヤコブが負けたことに意味があります。ヤコブの人生は悪知恵と偽りと不誠実でここまで生きてきていました。一度も負けを経験せず、人を押しのけ、だまし、その名のごとく人の踵を掴み、引っ張り倒し利益を自分のものにしてきたのです。しかしここでヤコブは「負ける」事を経験しています。
それが彼には必要だったのです。それが彼の人生を変えました。その事によってヤコブは「祝福してください」と頼みます。

 私が最近読んだ本(山上の煙:十戒をめぐる考察(新教出版社)著ジョイ・デビットマン)の前書きに「すべての回心が祝福された敗北の物語であることは言うまでもないからだ」と書いてありました。人は敗北する事なしには本物のクリスチャンになり得ません。神に負けてこそ本物のクリスチャンになれるのです。どうか神が私たちにも「神に負かされる」と言う「祝福された敗北」を証しさせてくださるように祈り求めましょう。    


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