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2010/05/16(日)
「心は喜び、魂は躍る」 大嶋博道牧師
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聖日礼拝・聖餐式 (聖書)詩編16:1〜11 〔メッセージの中心と結論〕 今日の中心となるみ言葉は「わたしの心は喜び、魂は踊ります。からだは安心して憩います。」(9節)にあり、メッセージの結論は「主である神との霊的な交わり(絶えず神と向き合って生きる事)が個人生活、家庭生活、職場生活、社会生活そして信仰生活における喜びと幸いの根源(土台)である」にあります。だからこそ「わたしの心は喜び、魂は踊り、からだは安心して憩います」と詩人は告白しています。
〔詩編16編の説明〕 詩編16編は「信頼と確信の詩編」と言われています。神の保護を求める冒頭 (1節)の祈りの直後に信仰告白が続いている(1〜2節)のもその現れです。詩人のダビデは数多くの苦難を味わっているが、その苦難の中で詠ったのがこの詩編の16編です。 私たちの人生にも苦難がつきまといます。そして私たちには将来は見えません。 明日、私を襲うかも知れない様々な心配の中で私たちは生きています。 しかし、主は「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気をだしなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ16章33節)と言われます。
〔生活の中心軸がぶれないために〕 信仰によって生きるなら、それらの心配ごとを乗り越えることが出来ると主は言われます。イエスから目を離さずに生きるならば、私たちは揺らぐことは無いのです。 「中心軸」がぶれることのない人生を送ることが出来るのです。そのように言ってくださる神様の約束のことばゆえに、私たちは次のように告白する事が出来るのです。 @あなたはわたしの主。あなたのほかにわたしの幸いはありません。(16・2) A主はわたしに与えられた分、わたしの杯。主はわたしの運命を支える方。(16・5)と。
〔逃れる道が備えられている〕 神様は私に信仰を通して生きる力=試練や困難を克服するエネルギーを与えてくださいます。ですから人生を楽しみながら、豊かに、前向きに生きる事が可能になるのです。それはTコリントの信徒への手紙10章13節に「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」とある通りです。 感謝!
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