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2010/08/01(日) 「主に導かれてP 夢見るダニエル」畑中康雄勧士
信徒礼拝 ダニエル書2:1〜19

序 論:
 「夢」は「神が御自身と人間との間の直接的な特別な伝達手段として用いられたもの」また「幻」は「神の霊感を受けた人によって示される現象、神の啓示」と言われています。
「夢」と「幻」は例えば民数記12章6節に「聞け、わたしの言葉を。あなたたちの間に預言者がいれば主なるわたしは幻によって自らを示し夢によって彼らに語る。」とあるように、共に神から伝えられる言葉を受けるための正常な媒介とされています。しかし新約聖書には夢・幻の物語が少なくなってます。これは聖書が私たちに導きと方向性を与えているので「夢」や「幻」よりは「聖書・特に新約聖書」が私たちには必要なものである事を示唆
しています。

本 論:
 さて、ある晩、ネブカドネツァル王は気掛かりな夢を見て不安になり「占い師、祈祷師、まじない師、賢者」たちを呼び出して夢については何も語らず自らの力で夢の内容を把握しその夢の解釈を説明するように求めます。多くの賢者は王様に夢の内容を求めて処刑されますがダニエルは先ず「夢の秘密を求めて祈り」そして「神の御名をたたえたえ」て夢解きをします。

 祈りは「神と人との交わりの手段」と言われ、神は祈りを重んじられて我々に祈る事を命じられています。「悩みの日に、わたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう。」と聖書は語っています。
そして神は悩みの時だけではなくて喜びの日にも感謝の祈りを捧げる事を命じています。即ち、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい」と。
「祈る事によって私たちを神の活動範囲の中に連れて行くと言う事が出来る」とウェスレ−は言っています。そこで「われわれは偉大な救済のドラマに真にあずかるものとされる」のです。
 
私たちは教会創立後の20年間の教会の歩みを通して祈る以外に神にすがる方法は無い事を学びました。そして祈る時にはその祈りは聴かれると言う事を学びました。ですからダニエルのように1日に3度、いいえ、それ以上に何度でもお祈りをし、神様の偉大な救済のドラマに真にあずかるものとされ、そして神様から魂の糧を頂いた者として信仰深く、この世と妥協する事なく強く生きていきたいものと願います。


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