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2011/05/15(日)
「その慈しみはとこしえに」瀬藤美幸牧師(堺キリスト教会)
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特別礼拝 (聖書)歴代誌下20:18〜22 (本日の学びの課題) 私たちの神が私たち1人1人に具体的で圧倒的な働きをされる為の2つの条件があります。今日はその事を学びます。 (試練の恵み) その第1は「試練の恵み」と言うことです。神は試練を通して私たちに大きな恵みをくださいます。主は私たちに主に戦いを挑みかけるという試練を与えられました。私たちはその試練にどう立ち向かえれば良いのでしょうか。 心に平安と喜びと希望を与えられるために私たちは礼拝を守っています。そのような私たちならば、その私を見たならばキリストを見ると言う事が出来るようになります。 ところが何故か私たちには戦いがあります。いつも主に対して訴え、祈るべき課題があります。今回の東日本大震災もそうでしょう。私自身にも教職になってから身体的なトゲが試練として与えられました。祈っても祈っても私の祈りはなかなか聴かれませんでした。しかし、その事は私の恵みの始まりでした。私の病いは私の力や医師によってではなくて「自分では自分を変えられない」と教えてくださった神様の力によって癒されました。
(恵みを数える) その第2は「恵みを数える」と言うことです。今日のみ言葉の21節に「主に感謝せよ、その慈しみはとこしえに」とあります。詩編136の1〜3節に「慈しみはとこしえに」と3度も出てきます。 私たちも主を賛美するために私たち自身の詩編を作りましょう。136編の4節以下に自分に与えられた「恵み」のことばを挿入するのです。試練の時に主が与えてくださった恵みを4節以下に 入れて主を賛美してみましょう。きっと、感謝が湧き溢れることでしょう。(自分に与えられた恵みをここの詩編の4節以下に入れ替えて自分の言葉で主を賛美してみましょう。)
(神は愛なり) 私たちの工夫ひとつで試練を終焉する事が出来ます。それは自分自身に神がなしてくださった数々の恵みに感謝する事なのです。主の慈しみのみ業はそのようにして私たちの上に顕れるの です。神はあらゆる機会を通して私たちに恵みを与えてくださるのです。何とかして私たちを豊かに生かそうとして下さるのが慈しみ深い主なのです。ですから、「神は愛なり」です。ア−メン。
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