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2012/06/24(日)
「安息年とヨベルの年」畑中康雄勧士
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F.サンデー信徒礼拝 レビ記25:1〜12 (ユーチューブでメッセージが聞けます。「大嶋博道」で検索を) (安息年とヨベルの年) 安息年とヨベルの年には一定の期間毎に債務及び労役から人々を解放し階級的、社会的地位、不均衡を修正し貧富の差を解消する狙いがあり、次のような律法でした。 @「安息の年」〜7周年目の安息の年には農地を休耕し、その自然の恵みである穀物及び果実は共有のものとして全ての人々が食べる事を許される。 A「ヨベルの年」〜安息の年の考え方が延長されて50年毎に守られたもので現状回復を理想とし、すべての売却した物の所有権を元の所有者に取り戻す事を規定していました。元の所有者に帰るとは結局は元々の所有者である神にあるという事を意味します。
(私たちとの関係は?) この事と私たちとはどんな関係があるのでしょうか。レビ記25章10節には「あなたがたはおのおの先祖伝来の所有地に帰り家族のもとに帰る」とあります。それでは「本来の居場所に帰る」ためには何が必要なのでしょうか?それは「和解」です。 @第1に「自分自身との和解」です。自分自身の中にある弱さ等と向き合い受け入れて自分自身を神様にお委ねする時に私たちは自分自身と和解する事が出来、心の平安が与えられます。 A第2に「家族や共同体との和解」です。家族や共同体は私たちの癒しと安息の場でこの和解が平安を得る第2の事です。 B第3に「隣人との和解」です。ヨベルの年について書かれている25章13節以下はその大半が隣人との関係の律法です。第3の事は隣人との和解です。 C4番目には「自然との和解」です。安息年とかヨベルの年の戒めら「安息をその地に与えなさい」とあるように土地に休みを与える「自然との和解」が第4の事です。
(新しい歩み方を求めて) この道筋は主なる神が私たちに示してくださった私たちの解放の道筋です。人と神との和解の、私たちの解放への道筋です。この「神との和解」(参照:Uコリント5章17〜20節)こそが私たちを癒し、安息と希望が与えられる救いです。私たちにとって天国の回復とは「キリストご自身という大きな代価」を支払って買い戻してくださった「イエスの十字架」を信じる事にあるのです。敵対関係に陥ってしまった人間と神との関係を修復し友好関係を回復するのが神との和解なのです。
キリストの十字架の贖いにより日々私たちの罪をゼロにリセットしてくださる無限の神様の賜に感謝して全てを造り主である神様に一旦お返えしする事の大切さに気づき、共に生きるという事に気づき、そして神様から栄光をお受け出来るように主のみ旨に従って生きていけるように願いつつ新たな歩みを始めたいと願います。
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