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2014/09/04(木)
八月作
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2014(H26)8月 魚はねて波紋拡がりゆく時に 水より白き鳥飛び立ちぬ 何をしているか雪降る午後八時 灯せる君の窓に来たりぬ とつぎくる不安を言いし君の姿 バックミラーにまだ見えている 踏み石にそろえて置かれし塗の下駄 猫が顎をこすりつけている 角を右折し十分行けと教えられ 来たりて立ち尽くす休耕田のなか 最近詠んだうた 髪を洗い風に吹かれている汝に 右より早き夕月の差す バラの花垣にめぐらし人の住む 家に静かに降る午後の雨 混みあえる夜の電車の窓ガラスに うつる汝が顔我は見ており 圧搾銃に鋲をうつ音響きいて 干拓地の日暮れ紫の靄 信号の変わるを待ちて並びいる 車の屋根に動くかげろう 午前三時汝のやすけき息の音 冴えたる月の窓に差し入る 私服に着替えて作業場に戻りこし上司 いたく弱々し年老いて見ゆ 遠き山に半ば重なる手前の山 共に円かに夕かすみゆく 風の向き変わりて俄かに蒸す午後を 来る君を待つ服着替えて待つ ひと言ひと言語尾をのばして甘えるは もう聞き飽きた賢くなれよ 生白き首を筋立て怒る人 その物言いは喚きに似たり 満月の下を東へのびてゆく 夜の飛行雲光帯びたり 岸壁を離れむとする黒き船 ながくかかりて向き変えにけり ゆとりなき思いにたかぶり物言えば 近きところに虹いでにけり 形容詞を重ねて飾りて勧誘文 また送りきぬ見本ふやして 部屋にこもり本ばかり読む知識人 現場に出てきてウロウロウロウロ 灯火を消せば月かげ差す窓に 轟きて飛行機の遠ざかりたり 飛行機に撒ける薬剤拡がりて 朝日は丸くその中にあり 冷えすぎる足を護ると靴下を 重ね穿きして冷房の部屋 少し強くネクタイ閉めなほし雨の降る 朝の駅に来る君を待つ 離陸して傾く翼の右下に 宿りし白きホテルが見える 夜半過ぎの地震に目覺めて起きゆきし 妻が厨に水を飮む音 駅の階段に色つけて宣伝文字書けり 踏みつけてあまた人の過ぎゆく 胎動のあるをしきりに云ひをりし 妻がはやくも寢息たてをり 水勢ははかり難しも岩石がはねる 転がる流れるとどろく 理屈なんか言っていないで現場に行き 即断即決指示出すがよし 工事箇所示す赤きランプ見え 夜の街冷たき霧流れゐつ 通夜の誦經聞きつつ我はどうしても うとまれてゐる感じが去らず 慣れてしまへば仕事はいづれも 單調なるものをかの時思ひつめゐき 千鳥足になるほど酒は飲まざれど近ごろ老いゆえふらつくことあり 天井裏に育つ雀の雛の声日々に高まり今朝は足の音 黒皮手袋コートのポケットにしのばせて行こうか行かぬか会うか会わぬか たくらみのあるが如く無きごとく文字荒々と書かれし文書 墓下に眠る魂ありや なし ほしいままに 天を翔けたし 下げられし古き墓花次々と炉に 焼かれいる人焼くごとく 霧雨になべて濡れ立つ墓石に 酸漿飾りて慎む人びと 明け方の空に流れし星の光ふたつ重なり東へ落ちぬ 音も匂いも慣れてしまえば苦にならず愚直に働くは仕合せなるべし 巣立ちゆき空となりたる鷺の巣に 食い残されて蛙干乾ぶ 若き君には死語であるらし「ネジ巻く」を 「充電する」に言い変えて話す あきらめは深き悲しみに変わりつつ 遠く虹立つ街を歩み来ぬ 人と争う気力も今はなき我か 午後四時淡き月を見ている 葉の落ちし柳連なる川岸を炎の なき野火ひろがりてゆく 刈り上げて涼しそうだと声かけぬ まじる白髪に気づかぬふりして バリバリととどろき落ちたる雷に 窓枠震う壁板震う ヤレヤレと思わず漏れたるため息は 君にはあてつけに聞こえたらしき 雨やみし夕べは手足ただに冷え 勤めはむなしき思ひとなりぬ 疑へば心沈みて晝過ぎの 霧のかかれる驛にをりたり サングラスかけて近づく汝が姿 陽炎の中をゆらめきて来る 父方のわが知る限りの最高齢 七十二歳になりたり今日は 誕生日の我を祝うと咲き出でし 鉢のあさがお紫の色 點滴の甘酸ゆき匂ひこもる部屋 小暗く寒く雨に暮れゆく 心ふさぎ勤めて歸りし夕べにて まつはる幼をうとみてゐたり おづおづと口ごもりながら物云ひて 結局この人に嫌はれてゐる
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