徒然草
うーむ、面白い文章を書きたいものです。

ところでお気に入り登録はホームをお願いします。
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2004年12月
前の月 次の月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
最新の絵日記ダイジェスト
2016/01/24 読書記録メモランダム
2015/11/14 現在の積読状況
2015/01/01 旅行振り返り
2014/09/18 音楽
2014/09/15 遊び回る

直接移動: 20161 月  201511 1 月  20149 3 月  201312 7 3 月  201212 11 10 8 7 6 5 2 1 月  201112 10 9 8 7 6 5 2 1 月  201011 10 8 7 6 5 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200412 11 10 9 8 7 6 5 4 3 月 

2004/12/10(金) 君の為なら死ねる
「君の為なら死ねる」
ぷれぜんてぃっどばい、植田。
by December 12 2004


「あ、あの、絹旗さん、僕、貴方のことが好きなんです。
付き合ってください。」

そんな風にして、告白されて、彼女は、鴨居氏と付き合うことになった。
彼は必要以上に気配りの出きる人間だったし、
上品な口調でも、下品な言葉遣いでも、喋る言葉には、
絶対に軽はずみなものはなかった。
短所がないのが彼の短所では、と、疑いたくなるくらいの人だった。
まるで高度経済成長期のGNPのグラフみたいに、右肩上がりで
彼のことを好きになっていくのを自覚も出来た。




「あのさ…」
と、付き合い始めて8ヶ月になる鴨居が話しかけてきた。
二人は今、鴨居のアパートにいる。
「何?」
と、そっけなく答える。
「あのさ、えーと、僕はね、君を愛してるんだ。」
何を唐突に言い出すのか。
ドラえもんみたいに、頭のネジが足りていないのかもしれない、彼女は思った。
「どうしたの?急に。お金なら融通できないよ。」
「まさか。そんなことじゃないよ。ただ単に君にそのことを
伝えたかったという話であって、そんな風に言われるのは
少々心外だったりする。僕の精神を著しく侵害された感じ。」
ジョークとも冗談とも洒落ともとれる台詞をスラスラ彼は吐き出す。
いや待て、いきなりこんなことを言うということは、求婚でもするつもりかも。
「好き」から「愛」へ変化するなんて、何か下心のある証拠。
傍目にはそうみえる。
とんでもない。そんなの、早いっていうか、考えてもいなかった。
「ふぅん…。」
「だ、だからさぁ…そのぉ…」
と、普段の25倍くらい、喋りだしが鈍い。
いよいよひょっとして…と、悟る。
うちの家系の女達はいつもこんな調子でいつのまにか結婚するという
不思議な運命の糸を、遠く鎌倉時代から紡いでいると昔、母から聞いたのを思い出した。
流石に嘘だと思っていたが、こうなってくると、信憑性が出てくるのが気持ち悪い。
「けっ、結婚しよう。」
うわぁ…大当たり。特賞ですね、お嬢さん。
頭の仲でベルが大きな音を立てていた。
「え、そんな…
困る。ぜんっぜん、そんなこと、考えてなかったし、
え、いや、そんな…」
心構えは何処へやら、戸惑う言葉ばかりが口をついて出てくる。
「あ、いや、いきなりで驚いた?
それくらいはみればわかるけど、君の狼狽ぶりには目を見張る。
…あーいや、これは冗談。」
何か言っている。でも、もう私の耳には届かない。
求婚されて初めて分かったような気がする。いや、再認識したというべきか。
はっきりいえる、私は、この男が、嫌いだと。
好意の泉は枯れ果てたと。
大好きの木の実はもう残っていないと。
何が原因だろう。私かもしれない。でも、もうそういうのはいい。
どうであっても構わない。所詮最初からつりあわない人だったのだ。
「あ、あのさ、君のためなら、なんだって出来るんだ。
多分昇進だろうと精進であろうと」
何でも出来る?昇進?精進?
…、次に怒りを覚えた。なんという身勝手、
どこまでも自己中心。私に喋らせろ、まずはその口を塞げ。
「鍼灸だろうと貧窮を乗り越えることだろうと…」
「たとえ火の中水の中…」
軽はずみな言動は慎んでいる鴨居のこと、全部本気だろうと思うと更に気が重くなる。
「ちょ、ね、あのさ、ちょっとたんま。ストップ、タイムアウト。」
一瞬間があった。鴨居が私の言ったことを飲みこむのに時間をかけたようだ。
「うん、あぁ…あぁ。」
「あのさ、さっき、私のために何でも出来るって言ったよね?」
「お金の融通は無理かな。」
なんという冗談。微笑みたいくらいだ。
きっと、引きつった笑顔になるだろう。
「ええっと、違うの、ただ…消えて。例えば…死んでくれる?」
先程より長い沈黙。恐らく世界のどこかでピザでも焼きあがっているだろう。
「どうして?」
鴨居が長い沈黙を破った。
「僕が死ねば、君に迷惑がかかるだろうし、
第一、この場でそのようなことは口にすべきじゃないな。」
駄目だ、わかっていない。迷惑なんて些細な問題だ。
とにかくもう、同じ世界に生きているのがいやなのだ。
「あのさ、本気で。もうね、貴方には会いたくないわけ。
同じ世界で存在を確認しあえるというのが我慢ならないの。」
ふぅん、と、鴨居は諦めたように呟いた。
「つまりさ、君はもう僕には会いたくないと。
それどころか、存在してるだけでも許せないと。」
「そうそう。」
「あー、じゃぁ、名案があるよ。
君が別世界へいくわけさ。な、一生僕に会わなくすむ。
それが君の望みなんだろう?」
「え?」
戸惑う彼女を尻目に、鴨居は台所へ歩いていく。
戻ってきた彼の手には、銀色に光る、包丁が握られていた。
「僕はさ、君のためなら何でもできるわけさ。」


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.