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2006/08/18(金)
八月十八日
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今年の五月から更新されていなかった読書録をようやく植田は執筆、更新。 しかし、五月から何もしていなかったという事実に少し衝撃を受けた様だ。 確かにそれは課題を先延ばしに先延ばしにしているということを表し、 実生活を省みるにやはりそういうことを幾つも抱えているのであって、 それが趣味の領域においてさえも人間性がでるとなればやはりいい気はしないであろう。 なんということを考えるのも植田は億劫だったので、昨日買った漫画の付録のDVDを観ていると、 突然電話が鳴る。 やたらとテンションの高い友人で、植田のテンションも自然に上がる。 大きな声で大笑いしながらずっと話した。漫画やら小説のこと。夏休みの生活のこと。 お互いに充分堕落した生活を送っていたようで、両者は笑って過去を水に流す。 あまりの盛り上がりに途中から植田は電話に接している耳や頬に汗をかくわ、どころか肩のあたりも発汗する。 どういう仕組かは誰しもわかりはしないのだが、まあ長らく喋っていない者を相手にして 植田もちょっと興奮したんじゃないだろうか。 積もる話しもある、という表現が適応するのだろうか、通話を終えて液晶を見ると半時間が経過していた。 それは充分に楽しかったのだが、思いがけない時間の経過に植田は驚いた。 「三十分。ふーむ」 そこで植田の思考は冒頭へ戻る。 色々先延ばしにしていたこと。 そして電話を通じて自らの生活に反省点を見出す。 そういうわけで、黙々と部屋を整理したりしていた。 引っ越してから、荷物の整理を長らく放置していたからである。 今するべきはやはり勉強なのであろうが、どうしても今やっておきたかった。 別な問題を先送りしているだけということに気が付くのはもっと後のこと、 例えばこの日記が書かれている時間帯なのであって、 ゴミ袋片手に不要なものの片付けをしている時はまさしくそれが必要なことに思われていたのだろう。 人間とは実に愚かな生き物である。 だが、過去の自分が溜めたガラクタですらないゴミを選別して捨てていると 哀しくなるのだから、まだまだ腐ってはいないのではないのだろうか。 適当なオチだ。植田にはもう何も考えられなかった。
--- 「何この木綿の山」 コットンに凝っとん?
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