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2008/12/10(水)
汗と声の年月
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「植田、元気そうやな」 アルバイトで本屋のレジにいるとき、漫画を選んで持ってきた客に声をかけられた。 唐突に名を呼ばれたことに驚きながら、私は顔を上げた。 私は普段、自信なさそうに伏し目がちに接客している。 上げた視線の先には、中学生の頃所属していたバスケットボール部の先輩が立っていた。 「わ、びっくした、お久しぶりです」 しどろもどろに成りながら漫画の封を解き、スリップを抜きながら、私は返事した。 スリップとは店頭に並んでいる漫画に挟んである短冊のことである。売上の管理に使われている。 先輩は白いシャツに黒のスーツ姿だった。 咄嗟に話題を探した際にそれが目に入ったのでスーツ姿の理由を先輩に尋ねた。 「ああ、これはある会社の訪問の帰りやから」 就職活動だろうか、それとももう働いていて営業帰りなのだろうか。 よく分からなかったが、先輩の顔は同回生の大学生にない、大人びたものだった。 一歳しか変わらないので学生でもおかしくないが、きっともう社会に出ているのだろう。 口調や声のトーンも大人っぽいものに変化している。 中学当時はもっとやんちゃな雰囲気を漂わしていた人だった。 その意外なまでの変貌に落ち着かなくなる。 「植田は?大学行ってんの?」 一瞬の間があったあと、先輩にそうきかれた。 私は具体的な大学名を出すのも、おかげさまですと答えるのも何か違う気がしたので、 素直にはいとだけ返事した。 ちょうどそこで袋に詰めた漫画を渡し、会計も済んだ。 「じゃ、頑張れ」 先輩は優しく落ち着き払った声でそう言って体を出口に向けた。 私は、大きな声で、 「ありがとうございます、ありがとうございました」 と二回言った。 接客に求められている以上の、ありがとうございますだった。 あまりにずっとドキドキしていたので、先輩が去ってからも長い間心臓は高鳴ったままだった。
--- 「先輩がここにおるど」 oldってね、うん。
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