徒然草
うーむ、面白い文章を書きたいものです。

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2010/01/28(木) 失われた手記を求めて
なんだかんだ言って結局毎日は日記を書かないのが最近の私らしいです。決意と放置。理想の設定と実践の放棄。
さて、タイトルはマルセル・プルーストの失われた時を求めてのパロディです。中々旨いと自負しています。
手帳を本屋の私物籠へ入れてそのままにすること5日。本屋へあることも思い出せず部屋の隅ばかり探していました。ベッドと壁の間、机とクロゼットの隙間、衣装棚の下…。布団とマットレスの狭間すら確かめました。どうやってもないはずですが。

話変わって私には無数の語りたい言葉があります。就活、読書の趣味、妹のこと、加齢に関して、試験の話題…。
私は記そうと思います。眠気に弱い頼もしい脳と疲労の色濃いほんの10本の指とを用いて。
それは私好みに長広舌で論旨の逸脱甚だしく、無闇に漢字を遣い且つ凡そに於いて無益な真正の雑文。
絡み酒の如く陶酔に満ち満ちて聞く者全てが倦み飽きる駄弁。書きますよ?

2010/01/16(土) 労働法
労働法の自学自習が面白いです。
いやー、勉強って楽しいですね。
そもそもゼミも労働法系を取ったのは興味があったからなので、就活もしている今、労働法の勉強は有益で刺激的で珍しく没頭出来ます。
アルバイトも行かなければならないのですが、出来たらずっと家で勉強していたいです。
友人のレジュメを百枚ほどコピーして勉強していますが、レジュメと教科書があれば万全の勉強ができます。あと、少々ネット上で判例さえ読めれば。
さて勉強するどー。

2010/01/15(金) どうでもいい予防線
面接対策

尊敬している人は?
杉原千畝です。彼は戦時中外務省の大使として欧州にいました。ドイツとの関係を重視する本省の命令を無視してユダヤ人を日本に数千人脱出させた正義の人です。…企業の面接で命令に従わない人を挙げるのもどうかと思いますが。

自分を動物に喩えると?
ネコです。自由気ままに見えますが、懐くと可愛くて仕方ないからです。

自分を色に喩えると?
緑色です。爽やかで目に優しく、これからの時代を象徴する環境の色です。意味不明ですが。

自分を都道府県に喩えると?
兵庫県です。もっと繁栄している都府県はもちろんありますが、色んな要素をバランスよく持っています。また、赤穂藩士のごとく義に篤く、神戸人のように進取の気風があります。また、意外と面積が広いのも共通点かも知れません(笑)。

自分を雲に喩えると?
鰯雲です。大して珍しくもないですが、どことなく人をほんわかさせるからです。

自分を武器に喩えると?
AK47です。誰にも扱えてそしてそれなりの性能です。その上安価です。アイデアと冗談を連射できます。

自分を自動車に喩えると?
トヨタ→スターレットです。可愛い顔してちとやる人間です。三菱→パジェロミニです。少々の困難は乗り越え進みますし、燃費もパジェロよりいいです。

自分をお菓子だと喩えると?
ウィスキーボンボンです。子供っぽい外見と、食べてみて初めて内部の分かる大人っぽさがあります。しかも酔う程ではないので幾らでも食べられます。

自分を文房具に喩えると?
ハサミです。感情的な刃と理論的な刃。二枚で一つの仕事をこなします。

自分を法律に喩えると?
労働基準法です。理想的過ぎると評されるかも知れませんが、しかし一方でそれが沢山の人の生活を支えます。喩えであり、また目標です。

自分を出版社に喩えると?
講談社です。ミステリィ小説やや少しマイナな漫画に強くエンタメ重視かと思いきや学術文庫があるなど抑える所を抑えているからです。

自分を調味料に喩えると?
ポン酢です。殆ど何にかけても美味しさを引き立てますが、卵焼きなど絶望的に合わない場合もないではありません。

自分を家電に喩えると?
ラジオです。真面目なAM、ノリのいいFMのメリハリがあります。


何だこれー。途中からうまいこと言ったもん勝ち大会に…。

2010/01/14(木) メモ
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/?of=36

補足
私は今「百舌谷さん逆上する」という漫画をふた晩で四回くらい読み返している。
主人公(語られる人として)の百舌谷小音(もずや・こと)が患っている病気としてのツンデレがある。
正確な病名をヨーゼフ・ツンデレ型双極性パーソナリティ障害という。
で、病名を付けたのはSF作家の故伊藤計劃氏。
で、その伊藤氏本人のブログで「ヨーゼフ・ツンデレ博士」の由来が書いてあったというのが上記urlを書きとめた意味。
更にその記述を元に、「ヨーゼフ・メンゲレ」で検索すると、ナチの将校が出てくる。
どうせ「ツンデレ」って外国語の響きがあるからヨーゼフとか頭に付けただけでしょ?と私は思っていたので、こういう絶対他人には連想できない由来があると知るだけでその病名の必然性に納得できる。

ところでこの「百舌谷さん…」面白いから是非読んで欲しい。
来月には四巻も発売される。
さて、この「百舌谷さん…」、「ツンデレは病気」という設定がある。それについては上記メモ参照のこと。
そして、この世界にはツンデレ病と萌え属性としてのツンデレが併存している。
ということは、あの世界での「ツンデレ萌えー」というのは、我々で言えば身体の欠損や、或いは眼帯・包帯少女に対する萌えに近似するのか、という問いを生まなくもない。「守ってあげたい/自分でも守れる」のエゴやなんやかや延長線上でかの世界の「ツンデレ」が成立しているのか、それとも単に仕草/言動から読み取れる照れが可愛いという萌えが、言葉も症状も似ているツンデレに(不謹慎に)結び付けて彼らは萌えているのかという思考的な遊びだけで一日日が暮れてしまう。
考えて欲しい。
ヨーゼフ・ツンデレ博士がその人格障害を発見・命名したのが果たしていつ頃のことなのか。そしてそれが日本で定着したのはいつか。
もうそれだけで「百舌谷さん…」をベースにしたメタな設定/架空の社会の言説の推察が楽しめてしょうがない。
百万人に一人の難病である。製薬会社もツンデレ病の治療薬には予算をあまりつけないだろう。
カウンセラによる他の病気との誤診が多いかもしれない。
また、病気としてツンデレが認知される以前、日本のツンデレ病患者は何と呼ばれていたのだろうか?またその扱いは?
ツンデレ病患者同士のネットワークはあるのか(ないだろうな、繋がると症状が出てしまいそうだ。だからツンデレ病患者の保護者のネットワークは有るかも知れない)。
ツンデレを患っていたとされる芸術家や政治家や財界人や学者や俳優やはたまた軍人、もしくは教師なんかはいるか?彼らの功績を一般人はどう評価するか。
このパーソナリティ障害が原因で他人の法益を犯した(殺害/暴行/傷害/名誉棄損/放火)した者に対する裁判所の判決は?

勿論コミックとして、小気味良い罵詈雑言や、ファニーな表情、
分かりにくいパロディの類いといったおかしみ楽しみと、
一方での百舌谷さんの悲しみ・絶望/周囲の人のモノローグのバランスが実に絶妙で素晴らしいです。
そしてまた、小学生を主人公に据えてこの物語が成立するのは紙媒体だけだと思いました(ギリギリアニメはあり)。

読み込めば読み込む程、百舌谷さんに感情移入してしまい、彼女が架空の存在とはいえ、私は彼女の話を読んで笑ってっていいのか、とまで悩むようになりました。結局の所、誰の物語であろうと、私の頭の中にのみ存在するという点では、実在する人の不幸も、彼女の不幸も大きな差異はないはずです。ただ、現実的/物質的な影響力を行使できるか出来ないかの違いであって。

2010/01/13(水) 反発
私が久しぶりにパソコンでリクナビ2011をみていると、
父が「ちょっといいか」と。
私は自分wikiの記述の通り、余り父とは仲が良くないので、
物凄く不機嫌な調子で振り向きざま「どうぞ」と応じました。
どうせ私の生活態度のこと(今日は20時間睡眠を取った)だろうとアタリをつけて臨戦態勢へ移行。
私のその予想は当たらずとも遠からずでした。
「お前は…人の意見を聞く気とかあるか?寛容さというか…」
父のこういう物言いが私は歯ぎしりし過ぎて奥歯が欠けるほど嫌いです。
父性というのか、父親なら子の欠点をがつんと叱ってやる気の大きさが欲しいものです。
どうせ私が「は?それに答える時点で話聞く気あるだろーが、だからそれは問いとして成立してねーだろが、カスが」と吐き捨てたところで、ひるんで黙るのではなく、私の失礼に対してぶち切れたあと、しっかり言いたい事を言うに決まっているのです。
たとえ父と私の意見がぶつかったとしても、父には素直に言うべきことを言い、私には必要なら反論する自由がある。それが民主主義ではないでしょうか。
私はここでもう苛々しているのですが、
「は?そういう言い回しが一番嫌いなんだけど。言いたいことあるならなんでもどうぞ」と、精一杯冷静に返しました。
「いや、な、この前(7日から8日にかけて)遅刻出来へんからって、外に泊まったんは確かか?」
あー、はいはい、そういうことばかりしてちゃまともな大人になれないぞーってな感じの御説教かと勘繰りながら私は
「まあ大学にあの日ばかりは遅れられへんかったから…」。
それを受けて父。
「うん、まあー、そのな、就職の面接とかで朝が弱いからとかそいうことは言ったらあかんぞ。朝が弱いとかやる気がないとか、そういうマイナスなことはもうな、絶対言わんと、何でもやります!いつからいつまででもやり遂げます!とな、そういう風にプラスに言わないかん。もうな、お前がたとえどんなでも元気よくテキパキとしたように言わなならんからな」

え?そっち?

私が面接で「朝は無理です」なんか言う訳ねーだろばーーーか!

私はそういう父の子を見下している感じも嫌いです。
違うじゃん。
父と子、というか全ての(とは言い過ぎだとしても)親と子は、
あくまで対等な立場にあって、その上で経験と知識の蓄積で勝る親が子に歩むべき道を教え導き、意見がぶつかればありとあらゆる説得と論争の先に妥協点を見出すか全くどちらかの意見を圧殺するべきものじゃん。
そしてそれは決して私が蒙昧で愚図な世間知らずとの前提に立つべきではないじゃん!!
あーもー、かったりー人間だなあなたは。

2010/01/12(火) 28-5
最近、暖房の付いた部屋で手足が冷たいままだったり、
体の芯が暖まらなかったりします。
そんなに薄着でもないと思うのですが、暖房が弱いだけなのか、体が弱っているのか、果たしてどちらでしょうか。

2010/01/11(月) 28-4
友人と話していて、私が誤解を受けていることが分かった。
これも昨日、つまり27日の話。
「植田は街が盛大に破壊されたらだいたい何でも楽しめるんやろ?」
そう尋ねられた。
勿論創作物の鑑賞の趣味の話である。
そして、結論は、違う。
その場でも触れたことであるが、私は確かに破壊や蹂躙といった巨大な暴力が好きだ。
日本列島が割れたり沈んだり、彼女が兵器だったり、大阪城のお堀に怪獣をほりこむような話が好きだ。
ただ、それは破壊に戸惑う個人の後方に社会や国の動きが見えているから楽しいのである。
破壊や蹂躙の表現の爽快さも精緻であればあるほど爽快で面白いがむしろそれは主題ではなく、社会や国という大雑把な概念の実務的な混乱が面白いから破壊や蹂躙が好きなのである。
だから私は破壊や蹂躙の他に、滅亡や勃興の話も好きだ。
南極にしか人類が生き残っていないとか、東京都が日本から独立するとか、政治結社が国家転覆しちゃうとかの類いだ。
なんと表現しようか。まあ最低の言い方をするなら他人の不幸は蜜の味である。一億二千万人が路頭に迷う話が面白いのはそういうわけだ。数兆円の資産が灰となるから怪獣が来るのが面白いのだ。まあ他にも、“リアリティのある架空”が持つ特有の緊張感とジョークみたいな状況の妙であるとか、まあ色々ある。そういう色々を程良くブレンドして、シーンとして上手な破壊を見せてくれる作品…それは大満足である。

ちなみに上から具体的に言うと、「太陽の黙示録」「日本沈没」「最終兵器彼女」「ゴジラの逆襲」「復活の日」「東京独立共和国」「愛と幻想のファシズム」。なんと仰々しいタイトルの連続だろう!

2010/01/10(日) 28日3
老いるのを恐れること。
肉体的衰退も、精神的円熟も、それは私は怖くありません。それらはきっと気付いた時に全てが済んでいて、死の恐怖しか残さないものでしょうから。当然死は怖いです。
ただ、私は、知的頽廃を恐れます。私は今確かに猛烈に読書をしていますが(たかが知れた量ですが)、これがいつまで続くのか。私は、思い切り遊んだり働いたりすると食欲と睡眠欲しか残りません。もし、社会人になって目一杯働くようなことになったら、今日読んだのが書類と新聞だけという日が多くなりそうで怖いです。
マスコミに踊らされ、浅薄な意見しか持たない無教養者。
そういう嫌悪は無意識的に両親の姿を重ねているのかなと、三島由紀夫の「絹と明察」の解説を読んで思いました。
勿論、私は父母を愛しています。勤労にも感謝しています。私も能う範囲で扶助する側に回りたいと思っています。
が、それとは別に、知的好奇心を半ば放棄し、娯楽と情報を専らTVと新聞にのみ求める姿の歪さにゾッとします。
そして、私も二十年三十年と働く内にそれで満足するような人間に変格するのでしょうか。
私は今、どんなに眠たくても面白い本を読めば目が覚める自分の性分に救われています。
今はまだ、疲れてたって少しくらい本を読めるのですから…。

2010/01/09(土) 反省と見て見ぬ振り
またバイトに遅刻しました。
先月から何回目だ?
今年は絶対しないと決意してたのに。
そして少しは自信と云うか確信めいたものまで握っていたと云うのに。
「次遅刻したら口ききませんから」と宣告されましたが、まさか一ヶ月の間に再びそんなことがあるとは…。
ただ、ゼミと違って、本当にバイトでは屑人間の行動を見せていますのでむべなるかなと云った感じです。
反省してるのに全く行為が伴わないのは苦しいです。
一応床で寝て寝づらく、起きやすくする等の工夫をしているのですが。

ですが晩から何故かその宣告した人含めて四人のバイトの同僚と飲み会をしていました。
当初は終電で帰るつもりだったのですが、思わぬ程話が弾んだのでファミレスで喋って夜更けまで過ごしました。
年上の人に恋愛の助言をしたり、私が稚拙な法学論議をしたりと楽しかったです。
しかもこうしてプライベートな場で喋ると、上記宣告をされた人と一番趣味が会いました。
我々がただの友人ならとても楽なのですが。
薄い軽蔑と憤慨を胸中に抱きながら会話していると思うと余り気安くはなりませんでした。
そして今日(もう10日です)は14時からアルバイトです。
オール明けはただでさえ不安なのにこの3日間の睡眠の総量が全く私には不足ですので13時には起きられるか極めて疑わしいです。
1日が26時間でも50時間でもきっと同じ状況でしょうからそんな架空は望みませんが、しかし不可侵の睡眠時間だけは毎日欲しいと思います。
と云うか正確には断続的な睡眠でいいので、目を覚ます能力が欲しいです…。
体力をつければこんなに寝なくて済むでしょうか?
とにかく、何とか悪癖悪習悪循環をどこでか絶ちたいです…。

2010/01/08(金) 28日2
妹の話。
昨日(つまりは27日だが)知ったんですけど、あの子、日記を書いているそうです。
正直、妹は私より成績がいいか顔がいいか運動ができるか知らないけれど、それだけのおばかちゃんだと見下していた向きがあるので、日記を書いていると知って驚きました。
なんでも3年まえに買った日記を、空白も多いものの、それでも今月に入ってからは全部埋めているそうです。
妹が果たしてどんな内容の日記を書いているのか想像もつきません。
「県大会が近い!頑張る!!とかしか書いてへんけど」と、一等熱中している部活動の話が主のようでしたが、様々な青春が綴られているに違いありません。
私は盗み見たくて仕方がありません。
今も妹は部活の最中でしょう。こっそりとガサ入れして押収も可能ですが、人倫にもとるので論外でしょう。
私の(紙の)赤裸々な日記と読み合うのも考えましたが、それはちょっと私の受けるダメージが大きそうなのでやはり却下。
何故かリビングに落ちているなんてことは起きないでしょうか。

2010/01/07(木) 自己責任
「…いやほら一応ゼミ長してるやないですか。んでゼミ長的に明日はマジでほんま失敗できないんですよね。やし今から大学の近くのカラオケにでも行って閉店まで寝て、朝一で大学行こかなと思って(笑)。
開いてないですね(笑)
や、だからドトールか神社?(笑)
え、いやまあ確かにそれで間に合うかもですけど自信ないというか。実際寝よおもたら8時でもいけましけどね(笑)。
いやちょ、マジであの、もう間に合わん!って時間に起きた時の絶望感ヤバいんですって(笑)軽いトラウマなりますから(笑)しかもいつ寝てもあり得ますから(笑)
いや流石先輩っすね。なんか最近そんなんばっかなんですよ。
まあ実際ね、一辺信頼失ってるし、明日も遅刻したらそれこそ終いっすねー。腹切れ言われますし(笑)
なんかそんなん逮捕されたくないわ言うて(笑)介錯も無しとか断言されて(笑)
いやほんま変な子ぉばっかですよゼミとか(笑)
んでね、考えたんすけど、まあ自信喪失状態じゃないですか。けどそれもまあ自業自得かなーて。
うわ冷たいですね(笑)もっとほら、慰めとか期待してたのに(笑)
まあその方が先輩らしいっすけど(笑)けどなー(笑)
いやなんでもないっすよ(笑)
で、ですよ自業自得と言えばまあ最近ちょっと太ったんですけどね、
でしょ?
んでまあ久し振りにスーツ着たら太ももとかギリギリで足とかくむとちょぉ辛いんすよ(笑)んで、あーここに五キロ分きたかーおもて(笑)。
まあ最近生活かなり適当だったんでねー。
いや嫌ですよ(笑)ってか死にますやん(笑)。少なくとも全治数ヶ月ですよ(笑)。
いやだからMちゃいますて(笑)自称心優しいSですからね(笑)。
そう言われたらまあMっぽいですけど!けど!(笑)。

ってか時間大丈夫ですか?
いやそんなまさかそんなつもりないですよ(笑)嫌だなー(笑)
うわなんかこっちが悪いみたいやないですか(笑)
あー…えー…ほんまですか?(笑)
いやマジでまた飲みましょ!
いやほんまバイトのシフトとかなんとかしますし、是非是非(笑)
はいーではー
あ、お疲れ様でーす。
わ、ありがとござます。
はーい、ではでは。
ちょっ!(笑)ひどっ!このタイミング!?(笑)
はいはい(笑)
いや嘘ですって(笑)はいは一回ね(笑)
あーいおやすみなさーい(笑)」

2010/01/06(水) 軌道車の中の軌道
一月一日にあれだけ大仰に宣言しておきながらウェブ上の記録は一切残らない五日間を過ごしました。初っ端から反省の必要があるようです。
さて、それはそれとして。
今日、不思議にしてほんの僅かに愉快な風景を見ました。
其れは、私が電車のシートで松宮孝明という立命大教授の書いた刑法各論講義第二版に目を通してゐた時にやって来ました。私は、かなり最初の方の殺人予備罪の項を読んでゐました。「…本罪は、自らが単独でまたは共犯者とともに殺人罪を犯す目てき…」まさに其処まで読んだ時、私の視界の隅に床を行く銀色が見えました。気味の悪い虫ではなかろうかと恐れながら下を向くと、其れはつやと輝くパチンコ玉でした。パチンコ玉は全く無邪気に電車の揺れに合わせて右へ右へ、また左へと縦横に転がりました。一様に暗いトーンの恰好をした人々の股の下をくぐったり、革靴にぶつかったりと好き放題。靴に微かな着弾を感じた人は自分の靴の辺りを検分しますが、既にパチンコ玉は忙しく空戦をこなす戦闘機の如く一撃離脱。次の目標に向けて進路転換していました。私は本を閉じて膝に置いたまま、其の丸い戦闘機が人々に次々に戸惑いと可笑しみを命中させるのを目で追いました。そう、其の時はもうパチンコ玉に気付いた人も幾らかはゐたのです。私は、人々が一生懸命床を見渡したり、或いは互いに囁き合うのを見て気持ち程度口元をゆるめました。
結局、私はすぐに飽きて刑法の勉強へ戻りました。けれども、疲れて目を閉じると不意に脳裡に先程の生々としたパチンコ玉の弾道が浮かび、不思議に胸の空くような気に成りました。

2010/01/05(火) 28日1
さて、何を書いたら良いのか迷っている。
ではまず、当たり障りのない「哲学」について。
近時、私には哲学が足りていないと思うようになった。
というのも、私はよく本を読む方だと自ら評価している。少なくとも、私の周りには私より本を沢山読む者はいない。文学部に籍を置く友人とて例外ではない。まあ一度その友人の書いた読書レポートを読ませてもらったことがあるが、優れたものだった。分析は的確、分量は適当、言葉遣いには間違いがなかった。それで、文章力・読解能力というのは読書量によってのみ決まるものではないということがよく分かった。私が同じ題材で一編レポートを書いてみたが、余りにも未熟で、今も恥を偲ぶためだけにPCにファイルを残している。
哲学の話に戻ろう。私はその様によく本を読む。就活がもう本格化してきた所為で私はあちこちに行くことが多くなった。梅田、本町、千里ニュータウン、神戸、京都、遠いところでは加古川なんていうのもあった。そして私は帰路にそのどこかで、必ずと言って良いほどカフェに入り、書店に寄る。遊ぶ時間が減ったので浮いたお金をどんどん自分を甘やかすのに費やしている。書店に寄れば絶対に一冊くらい買う。広い本屋で、自分の趣味に合った本を探す、途方もなさがとても好きだ。意識は書店の埃で濁り、足はむくみ、背は丸まっているが、といって何か書物との運命的な出会い(表紙の、煽り文句、価格のミラクルな一致!)に辿り着くまでは抜けられない。これまでに買った本は、「水ビジネス」「水ビジネスに挑む」「あ・じゃ・ぱん!」「あなたが、いなかった、あなた」「顔のない裸体たち」「「滴り落ちる時計たちの波紋」「婦系図」「花盛りの森・憂国」「絹と明察」「タイムアウト」…等である。
ここから何が読み取れるかというと、私は知識の習得と、物語の消費しかしていないということであって、決して自分のパラダイムを積極的に変容させようとしていないことである。
私がただ暮らしていても、或いは企業に売り込むため必死に「自分探し」をしている時も感じるのが、「自分の価値基準の曖昧さ」である。それは、「何も悩まない」「何にも答えを持ち合わせていない」自分の不確かさ、と言い換えられるだろう。
三島由紀夫の憂国という短編を読んだ際、一度日本人の美意識について思いを馳せたことがあるが、日を経るうちに忘れてしまった。何か啓発されるような本はないものかと千里中央の田村書店で岩波文庫の欄をジッと見詰め、西田幾多郎の「善の研究」という本を手に取ってみたものの、一行の半分も理解できないのでよした。
育ちのいい偉大な作家は多くが若いころに誰かしら好きな哲学者を持ったようだが、私にはまずその最初の一歩をどのようにして踏み出したのかをこっそり教えて欲しいと思う。

2010/01/04(月) バイト、北朝鮮、政治
何故かシフトの都合で、夕方から閉店までを、本屋の地区長さんと過ごすことに。
地区長になるくらいだから責任感もあるし、テキパキと仕事をこなすし、少し喋れば快活な人柄が伝わるので一緒にいるのは苦ではありません。
それに、いつもの倍くらいきちんと勤め上げるのも、気持ちのいいものです。
ただ、それはそれとして少し気疲れするのも確かです。
だから、帰ってから浴びるお風呂が気持ちいい。

では一通り私の生活について触れたところで、全然違う話をしましょう。
五日に、NHKのドキュメント番組を見ました。
小泉純一郎首相(当時)が二度訪朝して金正日総書記と会談した際の議事録が公開されたとかで、小泉首相と金総書記のやり取りを中心に、外務省の薮中三十二外務次官や佐々江賢一郎アジア・大洋州局長、安倍晋三代議員等へのインタビューも含めて二時間か三時間かの番組でした。
このドキュメントを見るまで、金総書記は、平壌で女を囲って寿司を食べる人で、反米反日を貫く暴力主義者との印象でした。
けれども、意外に常人的な為政者だなという感想を持ちました。
当然、拉致も核開発も、自国民への抑圧的な政策も全て許されるものではありません。
が、それら問題の「根源的な悪」としてしか看做さないのと、「生ける人間としての独裁者」として見直すのとではどちらが冷静な見方でしょうか?
金総書記は米露中という三つの(政治的)大国に囲まれている「世界の中の北朝鮮」ということを理解しているようでした。
アメリカとの戦争も辞さないという一方で、アメリカが対話する気なら乗ると言ったりしたようです。
狂人ではなく、独裁者。
あと、六カ国協議が日本の発案で始まった事を知ったのは勉強になりました。
米朝の二者協議に拘る北朝鮮と、「日本を含めた」ステークホルダーの六カ国で集まることを提案する日本、という構図。

2010/01/03(日) 新ヱヴァとか
ツタヤの中古DVDコーナに、ヱヴァンゲリオン新劇場版;序の盤の限定モデルが1700円程度で売っていたのでつい買ってしまいました。
大晦日に紅白歌合戦には目もくれずTOHOシネマズで再上映されていた破を観たので序も観たくなったのです。
それに、限定版でこの値段は安いと思って。
これをPCの液晶画面で観て、他にはバイトへ出ていました。

では一通り私の生活について触れたところで、全然違う話をしましょう。
物欲と浪費について。
六日のことです。
私がバスで揺られていますと、六つ程向うの座席の脇へ立つ女子のブーツが目に入りました。それはまるで麒麟の模様の様で、もしくは魚鱗図冊のような大きなブロック柄で、個性的且つ可愛らしい感じのものでした。
可愛いな、と思った直後に「でもいらないな」と思いました。
私には似合わないとか、そういうことまで勘案して不要としたのではなく、本当に直感的にいらないと思いました。
その性急な判断が一つの切っ掛けとなり、そこから物欲と浪費について十分位考えました。
いいなと思ったものでも特別欲しくならないのは、私に物欲がないからでしょう。
結局欲しいものの殆どを買わずに済ませている、または購買力を積極的に付けない私に物欲があると考えるのは不適当です。
ただ、それとは別に、私はお金を使うことが大好きです。
たかだか百円の買い物でも快感を得られます。これは実感として認めざるを得ません。
そしてまた、物欲を否定する割には、購入した耐久消費財を捨てることが極めて苦手です。失せ物は意外に早く諦めるのですが。
たとえば本だと千冊以上がずらりと部屋の本棚に並んでいます。そして、その大学生が持っている数としては圧倒的な物量に囲まれていると、如何にも充足します。
特段読み返すものも少ないです。
ということは、私は、本を眺めては「消費し続けている」のではないかと思ったのですが、文章にしてみると余り説得力がないなと思います。

2010/01/02(土) まさかの
この日の私はといえば、予定を変更して昨日から泊っていたおじいちゃんおばあちゃんの家の離れで目を覚まし、叔父といとこらとガストで食事し、荷物をまとめ挨拶もそこそこに西宮へとんぼ返りして、アルバイトへ出勤しました。

では一通り私の生活について触れたところで、全然違う話をしましょう。
六日の日、久し振りに大学へ行きました。冬休みは五日で終了したからです。
私は昨日眠りに就くとき、きちんと六日の火曜日の時間割に合わせて用意を済ませていました。
ただ、水曜日の講義で出されたレポート課題の、提出日が六日であることに違和感を覚えました。
どうして講義がないのに年明け早々レポートを出さなくてはならないのか。
しかし私はそれを無視して寝ました。
私は日経を携えて登校し、生協でステイプラを購入して、芯まで買って、レポートを準備しました。
そこで気付きました。
今日が水曜日だ…。

'10/01/06

2010/01/01(金) 奉祝 平成二十二年
さて年も明けました!
心よりお祝い奉ります。

今年の目標を書きます。就職や卒論の完成は勿論として在るので一々挙げません。恋人欲しいとかもね。

「減量」
折角大学に入ってから十キロも痩せたのに(凄くないですか?)、五キロ太ったので、十キロ痩せたいです(五キロ落としただけではまだふっくらした感じには変わりないので。また、筋肉が付いて体重が落ちないなら無理に十キロは痩せません)。

「記録」
去年の会計を年末に行ったのですが、春から秋にかけて、レシート以外の記録がありませんでした。そうすると飲み会やカラオケ等に幾ら使ったか一切不明で全く数字が合いませんでした。計算して収支が大まかにでも合うように、記録していきたいです。
他にこのテーマで思い浮かぶ記録と云えば、ノートに書いている日記も、このウェブ上の日記も充実させたいですし、読書録も書きたいですね。

「読書」
去年は六十冊くらいしか本を読みませんでした。最盛期を思えば全く足りないのでもっと本をどんどん読みたいです。また、本を帰るくらいのお金を常に手元に残したいものです。

外で余分な食事をしない、すると記録や計算の手間も省け、更に節約になりますから本も読める。このサイクルを作って回していきたいです。

さて硬い話はここまでにして、まあ後は適当な事を後で書き込む事にしましょう(am4:01)

レポートを延々書いていました。
でも三時間程度か。全く出席の足りない講義のレポートなんかかいても単位を取れるか際どいですが…。A4二枚で文字も12ptと大きいのに余りに内容に親しみがないので(当然ですね)、資料検索に大半を費やしてまだ完成しません。ciniiという学術論文が沢山読める便利なページがあるのですが、改正監獄法(によって受刑者の処遇が如何に変化したか)についての論文は殆ど本文へのリンクがありません。非常に困ります。大人しく数少ないノートやレジュメを探した方が早かったかも知れません。というか冬休みに入る前に図書館へ行って資料を探すべきだった!ciniiがあれば余裕でこなせる課題だと思っていましたが、甘すぎた。(am7:02)


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