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2010/10/17(日)
パジャマと蟹
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「「最高のデートプランを考えたんだ。なあ聞いてくれよ、聞いてくれるだろ?」煙草に火をつけながら俺は云う。君が頷く。君の頬は白い、君の瞼は薄い、君の肩は細い。バーにしては照明が明るすぎる。手元の更にはナッツ。煙草をゆっくりと何回も吸う。煙は君を除けて吐き出す。薄荷煙草の苦い香りがする。パッケージに駱駝の絵。キャメル・メンソール。いつだってクールな男はキャメル・メンソール320円なんだよ。ということは、これは2010年9月以前の話さ。「まず君に突然電話を掛ける。外は暗いが東の端の方が白み始めている。5時半頃だろうな。「出掛けよう。車だ。迎えに行くよ。手ぶらで来て欲しい。財布もいい、携帯もいい、学生証だって必要ない。そうだ、今着てるパジャマで出てこいよ。スリッパでくるんだ。化粧なんてしなくていい、眉が薄かったって俺は文句を言わないから」君は渋る。俺は宥める。「君がパジャマで出てくる。そしたら君を乗せて車をぶっ飛ばす。ぶっ飛ばせば福井まで2時間半で行ける。車中で相対性理論のCDをかけよう。あのボーカルの声には魔力があるんだ。聞く人に恋をさせるよ。瑞々しくてどこか疲れてる。若い貴族だよ。あれは、貴族の声なんだ。俺は多分車中で君に色んな話をするよ。富士山は休火山じゃないんだとか、ボーリングは魔女狩りの名残だとか、ジャガイモがヨーロッパで広がったのはジャガイモが非課税だったからだ、とかね。或いは前を走るスポーツカーの名前を教えてあげる、俺の昔話を聞かせてあげる。そのかわり君の好きな色を聞くかせておくれよ。可愛らしい色だろうか。それとも案外地味かも知れないね。とめどなくお喋りしながらちょっとだけ君の方を俺は窺うんだ。当然君はパジャマ姿でそこに座ってる。隣に豚を乗せたトラックが走ってて、君はそちらに注意を向けていて、俺の話は上の空で、当然俺の視線にも気が付かない。俺の視線はふと君の胸元に落ちる。そこでは俺は君が下着を着けてないことを知る。パジャマが君の胸の辺りでちょっと尖っているからね、悪いけど分かっちゃうんだ。俺は赤くなってまた前を見る。動転して少しアクセルをふかしてしまうだろうね。それでね、10時ちょうどに福井駅前のデパートに着くんだ。デパートがあるかなんて知らないけど、デパートのない県庁所在地なんてないに決まってるよ。きっとデパートが建ってる。西武とか、三越とか、松屋とか、まあそういうんだろう。それでね、一番入口に近い駐車場に車を止めて、パジャマの君の手を引いて、福井で一番若い子に人気のあるレディスのブティックに行くんだ。そこへ飛び込むや否や「全身コーディネートしてあげて!」って店員に大声で云う。全部買う。キャッシュだよ。金持ちって云うのは土地と株券以外は何でもキャッシュで買うんだ。土地と株券はキャッシュで買うのに向いてない。土地を買うのにキャッシュを運んでたんじゃお手伝いさんが何人だって必要だから不経済だし、株券をキャッシュで買ってたら買った頃にはもう相場が変動しちゃってるからね。俺は金持ちじゃないけど金持ちに憧れているからね、真似をするんだ。俺はきっと将来金持ちにはなれないだろうな。だけど、金持ちみたいに人に優しくしたいんだよ。心配のない人間は優しいからね。優しくされると嬉しいからね。嬉しい人間は他人に優しくする。俺は優しくされると嬉しいんだ。ブティックで服を全部買うけど、靴だけは気にいるのがなくて違う店で一番上等なのを買う。スッピンは嫌だと君はきっと云うから化粧品も買おう。
続く
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