舞台裏日記
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2004/11/29(月) IKSPIARIカウントダウン「第九」合唱練習
第2回目のIKSPIARIカウントダウン「第九」の合唱練習でした。
今回は前回の宣言どおり体を動かしながらの練習をしました。

●まずは「合唱団」としてお互いにコミュニケーションを取りました。
両隣の方と自己紹介をするよう指示。
これがまず一番大事。
隣の人が他人同士でいいアンサンブルができるはずがありません。
名札をつけるよう昨年から指示したのも同じ意図です。
「第九」を通じて知り合った者同士。同じ音楽を愛する者同士。
仲間意識を持って練習を進めていけたらなぁと思います。

●後半は体を動かしながら音のイメージをつかみます。
言葉で説明するより実際にやってみた方が早い。
「ここはアクセントをつけて・・・」なんて言うより、
「ここで手拍子を打つ」とみんなでやればすぐ体で覚えます。

僕が合唱指導で一番大切にすることは、
「楽譜の音符どおりに演奏する」ことではなく、
その音符によって表現されている情景や気持ちを体験し、演じることです。
だって、言葉だって同じ。言われた言葉のまま受け取るなんてナンセンスでしょう。
「あなたなんか大嫌い」と女の人が恋人に言って、
それをそのまま受け取りはしないのと同じ。
音符そのものではなく、音符によって表現しようとした内容を読み解くのが本当の「音楽」だと思うのです。

多くの場合、楽譜の通り演奏することを最大目標にしていて、
「こう歌わなければいけない」と指導されてしまうのですが、
僕はちょっとスタイルが違います。
もちろん楽譜どおり演奏することは最低限の義務ですが、
その後に「こういうことを表現したい、と作曲家は言っているのです。あなたならどのように歌いますか?」と問いかけます。
『うれしい』という表現にもいろいろあるし、そこには各々のこれまでの体験が反映する。
同じ音を歌っているのに、そこに様々な表現が入り混じっている・・・これが本当のアンサンブルです。

『そろえる』のではなく、『共感』する。
オペラのワンシーンのように、それぞれがいろんな個性を持って一つの音を歌って欲しいのです。

・・・さぁ次回はいよいよ歌詞の奥にある『内容』について触れながら、みんなで実際に演技しながらアンサンブルしたいと思います。
お楽しみに。

2004/11/28(日) 個人レッスン&学校公演練習
お昼から個人レッスン。
今日は新しい生徒さんも含めて3人をレッスン。
生徒さんたちの目を見張るような成長の跡が見れてとっても嬉しい。
ここのところ僕のスケジュールのため、なかなかレッスンができないから申し訳ないです・・・。

夜は某中学校での学校公演「愛の妙薬」のための練習。
時間制限があって、2時間のこのオペラを40分に切り詰めなければならない・・・。
大胆なカットをしながらもストーリーがきっちりわかるように、
いろいろアイディアを出し合いながら稽古していきました。

さぁ今度の週末は「ラ・ボエーム」の本番だ!
・・・ちょっと身体を休めたいところですが、明日は早朝から授業をしなきゃだし、夜はIKSPIARI第九の合唱指導。
さてさて明日は演技をしながらの「第九」練習だ。
大変だぞ〜頑張らにゃあ〜。

ふわ〜・・・もうすぐ来年のオペラのための稽古もスタートする・・・。
音取りしなきゃ・・・(^_^;)

2004/11/27(土) ただいま
やっと「日記」に戻りました。
ちょっと堅苦しい感じが続きましたから、肩の力を抜いて書こうっと・・・。
昨日は「ラ・ボエーム」のオーケストラ合わせでした。
指揮者の平井さんは本当に指揮するのが好きなんだろうな〜。
いつに増して生き生きと、熱い指揮でオーケストラや歌手を引きつけている感じ。
歌っていてもすごく楽しかったです。
オーケストラはさすがプロのオケですね。
音の質の良さは抜群。

そして今日は通し稽古。
第一幕で少し芝居がゆるくなっているのを自分自身で感じたので、ちょっと修正。
ショナールが自分の中に入りすぎて、動きが「僕」に近づいてきてしまっていたのかな?

第四幕は気合いを入れ直して、いざ!
前半はなかなかエンジンがかからず、でも空回りしないよう注意。
後半だんだん集中力が高まってきて、一度舞台から退場。

この時の芝居をしていない間の心の中での芝居がよかった。
ショナールのこれまでの人生が走馬灯のように見えてきて・・・

再び登場したところから一気に芝居の集中度が加速。
ラストシーンでは完全にON!して気がついたらボロ泣きをしていました。
決して感情的に入り込みすぎることもなく、とても自然に泣きの演技ができたことに自分でもびっくり・・・。

以前にもラストシーンでは泣いたことがあるんだけど、
その時はショナールとしてではなく、古沢利人として泣いてしまっていたような気がする・・・
今日はそうではなかった・・・それがすごく悔しかった。
今回は絶対に泣かない!ショナールとしてこのシーンをしっかり受け止める!と決めていたのですが、本当に自然に泣いてしまいました。

何か・・・一つ自分の中の壁を越えた感覚があり、
ラストシーンにカットがかかってからも泣きながら・・・でも心の中ではすごく歓喜。
今回の本番で歌い手としても役者としても一つステップを上げられるよう、頑張ります!!
ここから最後の追い込み!!
う〜ん・・・いけるところまで行くぞー!!!!!!

2004/11/26(金) 「ラ・ボエーム」雑考その7:最終回
◆ロドルフォの心理◆
ラストシーン・・・ロドルフォは何を思っているのでしょうか?
本当にミミが死んだことに最後まで気づいていないのでしょうか?
ト書きと歌詞からそのシーンを再現してみます。

まずミミが息を引き取っていることをショナールが発見します。
次にそのことをショナールはマルチェルロに告げます。
コルリーネの「どんな具合だ?」の質問に「今は静かだよ」と答えて振り返るロドルフォ。
そこでマルチェルロとショナールの異常な態度に気づき、こう言います。
(恐怖からノドを詰まらせた声で)
「何を言おうとしているんだ?そんなに行ったり来たりして・・・なぜそんな風にオレを見るんだ・・・」
そしてこらえきれなくなったマルチェルロがロドルフォのところに走り寄り、抱きながら苦しい声で叫びます。
「しっかりするんだ!」
この言葉でロドルフォは全てを理解し・・・「ミミー!」「ミミー!」と叫び幕となります。


このシーン。冷静に読み返してください。
ロドルフォは本当にミミの死に気づいていなかった?
マルチェルロが「こらえきれなくなった」のは何に対して?

ロドルフォはマルチェルロの言葉でミミの死を確信します。
本人がミミの脈を取るなどの確認は一切していません。
ロドルフォは「確信」こそはしていないまでも、ミミが死ぬこと(それは時間の問題である、ということ)には少なくとも気づいているはずです。
それをふまえた上で時間をさかのぼると非常に重要なセリフがあることに気づきます。

ムゼッタがお祈りをしているのに対して、ロドルフォはこう言います。
「オレはまだ希望を持っているんだ。君にはそんな危険な状態に見えるのかい?


何かがおかしい、とは思いませんか?
そのだいぶ前。ショナールはミミを見て「半時間ももたないぜ」と言います。
それぐらい「危険な状態である」ことは一目瞭然なはずです。
ロドルフォが言っているのは実際のミミの状態ではなく、飽くまで「希望」です。
そんな風に思いたくはない、信じたくはない・・・という言葉であるはずです。
・・・ということはロドルフォはミミの死が少なくとも間近に現実のものとしてある、ということには気づいているはず。

死を直前にしている人間が眠っているようにみえるとはいえ、目を閉じている。
この光景って恐怖じゃないですか。
そんな状態でロドルフォは長い時間ミミから目を逸らしている。
これがまた大いなる違和感です。

●オーソドックスな演出で演じた場合の違和感●
オーソドックスな演出では、ミミが死んだ瞬間を誰も見ていない。
ミミは「眠るわ・・・」と最後の言葉を残して息を引き取ります。
この瞬間に全員がミミから目を逸らしているという違和感
何度か「ラ・ボエーム」の公演を客席から観ましたが、毎回感じる違和感はコレです。
ミミが息を引き取る・・・
(間)・・・この間全員がミミから目を逸らしている・・・
そしてロドルフォのセリフ「医者は何て言っていたんだ?」

このセリフがまた何だか違和感。
(いらついて)もしくは(つめよるように)
「医者はまだ来ないのか?」
の方がしっくりくるんです。
でもあえてイッリカとプッチーニはこの言葉を選んでいる。
僕にはロドルフォの心理状態が動揺しているように感じます。
そしてマルチェルロの返答「来るさ」
これがまたロドルフォの問いの答えになっていない。

これはプッチーニたちのミス?
そんなわけがない。ここまで綿密な打ち合わせで作り上げたこのオペラの台本。
初演の後も修正を重ねているというのに。

ロドルフォはミミの死に気づいている。
確信こそはないが、ミミは眠るように息を引き取った・・・。
だが「信じたくない」。だから確認もしない。
「ミミは死んでいない」そう自分に言い聞かせるロドルフォ。
・・・間があり・・・
動揺から生まれたおかしな会話。

●真相は?●
ラストシーンをもう一度読み返してください。
マルチェルロとショナールの態度だけでロドルフォはミミの死を知らされます。
・・・いえ現実をつきつけられますと言う方がよいかもしれません。
マルチェルロは現実を受け止めようとしないロドルフォの様子にこらえなれなくなりロドルフォのもとへ駆け寄り、彼を抱きます。
マルチェルロ「しっかりするんだ!」
・・・・・・・
ロドルフォ「ミミー!」
ロドルフォはミミに駆け寄り叫びます。「ミミー!」・・・(終演)


あくまでこれは仮説ですが、
あの違和感を解決するため、
台本(会話)上の矛盾を解消するため、
上記の解釈でこのラストシーンを見ると何と必然に満ち溢れることか・・・。
この仮説のことを「考えすぎ」と思われる人も多いでしょう。
でもプッチーニとイッリカたちが何度も何度も手紙による打ち合わせを重ね、校正に校正を重ねた末に書き上げたのです。
それこそ「考えすぎ」なほどに。
僕はそうして完成したこの台本と楽譜に敬意を感じずにはいられません。

※これまで「ラ・ボエーム」雑考を読んでくださってありがとうございました。
明日から当コンテンツはまた日記に戻ります。
これらの解釈は昨年3月のKOTOオペラ公演の際に演出家、出演者による入念な「本読み」を重ねた末に行き着いたもので、これまでの演出方法を否定するものではないことをくれぐれもご理解ください。

2004/11/25(木) 「ラ・ボエーム」雑考その6・・・優しいウソ
◆優しいウソ◆
第4幕、瀕死のミミをムゼッタが連れてきてから友人スちはロドルフォのためにそれぞれがウソをついています。
その一つ一つを見ていくと、あのシーンがどんなに暖かい友情に包まれているか・・・そしてそのウソがそれぞれの「絶望」から生まれたものであり、より悲劇性を増しています。

●部屋を出る口実:ショナールのウソ●
マルチェルロとムゼッタが部屋をあとにし、コルリーネも自分の外套を質屋で売りに行こうとします。
ただ1人、何もできずにいるショナールにコルリーネはこう言います。
「ショナール・・・(略)あいつらを二人だけにしてやれよ!」
ショナールはコルリーネの提案に感動し、部屋を出ようとします。(練習番号20:Andantino mosso)
しばらくオーケストラだけの音楽が流れる中、ショナールは部屋を出て行きます。
このときの音楽が第1幕で登場する「ショナールの主題」の変奏から「ロドルフォのアリアのメロディ」に移行する様はまさに秀逸です。
この部分のト書き「ショナールはあたりを見回して自分が外に出て行く口実に水差しを持って注意深く戸を閉め、コルリーネのあとを追って下に降りていく」
水差しに水をくんでくる必要なんてないのですが、ロドルフォに気を遣わせないように口実を探すんですね。
そしてその後ミミが咳き込み、ロドルフォの絶叫を聞くとすぐ部屋に走りこんできます。
おそらく水をくんだ後、階段を上り、部屋の扉の前で膝を抱えて仲間(と医者)が帰って来るのを待っていたのでしょう。

●「医者は来るさ・・・」:マルチェルロのウソ●
マルチェルロはムゼッタと共に部屋に帰ってきてから、わずか数分の間に二回同じ言葉を繰り返します。
これは心理的にこの事柄を強調しようとしていると同時に、
何らかのウソをついていることも表しているとは言えないでしょうか?
その言葉とは・・・"Verra."「(医者は)来るさ」
この部屋に帰ってくる前に街角で医者に会ったというマルチェルロ。
気付け薬だけを持って彼らは帰ってきます。
しかし今のミミにとって「気付け薬」は生きている時間をほんのわずかに延ばすだけで、治療として効果的とは言えないのでは?
では、果たして医者は本当に来るのか・・・?

ロドルフォ「医者は何て言っていたんだ?」
マルチェルロ
「来るさ・・・」
このマルチェルロのあっさりとした言葉。しかもロドルフォの問いに対して矛盾した返答。
僕にはむしろ「来ない・・・」と聞こえます。
マルチェルロは本当に医者に会ったのでしょうか?
会ったのなら一時を争うこの状況で力ずくでも連れてくるべきだし、
それができなかったとしたら、医者には会ったが相手にしてもらえなかったのか・・・?
いずれにせよ、このあまりにもあっさりとした返答には多くの含みがあるように思えてなりません。
このことからミミの容態が明らかに手遅れであることが見てとれる状態だったことも読み取れますし、そこに絶望している友人たちの気持ち・・・それでも何もしないでその時(死)を待つだけではいられない彼らの気持ちが胸に響きます。

●「眠っているの?」:ムゼッタの言葉の選択●
上記のことが事実なら、マルチェルロと一緒にいたムゼッタは彼と同じ想いであることは当然のことです。
二人が部屋に戻ってきたとき、ミミは目をつぶっていました。
部屋の中はあまりにも静寂です。
そしてムゼッタの第一声・・・"Dorme?"「眠っているの?」
この言葉はムゼッタの一瞬の判断で選んだ最良の言葉です。
ミミはもう医者を呼んでも無駄だ・・・時間の問題だ(その前にショナールが「あと30分ももたないぞ・・・」と言っている)とわかっているムゼッタ。
部屋の扉を開くと目をつぶっているミミ。部屋の静寂。
当然彼女は「まさか・・・死んでる?」と思ったに違いありません。
しかしあまりにもダイレクトには質問できず、
「眠っているの?」と尋ねたと考えるのが自然です。
この問いかけにロドルフォが「休んでいる」と答え、ムゼッタはホッとしたのでしょう。
すかさずマルチェルロがロドルフォに話しかけます。
この絶妙の「間」がプッチーニの見事な心理描写でもあり、
そこに彼らの様々な思惑が表されています。
そしてそれが全てロドルフォへの優しい気遣いにつながっていることは言うまでもありません。

2004/11/24(水) 「ラ・ボエーム」雑考その5 コルリーネの巻
◆芸術家たちの挫折・・・Bコルリーネの挫折◆

誰よりも純粋に芸術を愛した男コルリーネ。
最後まで芸術家であり続けた哲学者は、
瀕死のミミを前にして自らのシンボルとも言える外套(コート)を売りに行くことを決意します。


●コルリーネのアリア●
当時パリの街を外套を着て歩く若者がたくさんいました。
ボヘミアンと呼ばれた彼らは好んで汚い身なりをして髪を伸ばし、ヒゲを生やし、自分の哲学や芸術論を語り合っていたのです。
昭和70年代のヒッピーのような感じ・・・もうちょっとわかりやすく言うと、ちょっと前まで渋谷にいたガングロみたいな感じを想像するといいかな?
とにかくそんなボヘミアンにとって「外套」を捨てるということは、ガングロギャルが顔のメイクを取るようなものなのです。

外套を売りに行く」ということは単に慣れ親しんだ服を捨てるというだけではなく、
すなわち「哲学を捨てる」というほどの決意なのです。
この決意は第1幕でロドルフォが物憂げだったこと、
第3幕でマルチェルロが看板書きに成り下がったこと
(ショナールに至ってはすでにオペラの幕が開く前に音楽家としてのプライドを捨てています)
と同様のものとも言えます。
それが第4幕の最後に出てくるのは、コルリーネがこの4人の中で最後までボヘミアンであり続けた、ということなのでしょう。

●すべてが無駄だった・・・という悲劇●
前述しましたが、この「ラ・ボエーム」というオペラの最大の悲劇は、ミミの死そのものではありません。
瀕死のミミのために何もできないでいる若者たちの姿こそが悲劇なのです。
そして、最後のボヘミアン:コルリーネが自分の夢を捨てて外套をお金に代えた・・・ところが彼がお金を得て部屋に帰ってきたときにはミミはすでに息絶えている・・・。
この虚無感こそが最大の悲劇なのです。

原作ではミミが死んだこの日を境に4人の芸術家たちは散り散りになり、二度と会うことはありませんでした。
他の3人がその後も貧乏だった中で、コルリーネだけが金持ちの女性と結婚し裕福になります。
それは本来ボヘミアンが「理想」として語った生き方とは逆のものです。
最後までボヘミアンであり続けたはずのコルリーネは完全にボヘミアンとしての生き方に見切りをつけたわけですね。

2004/11/23(火) 「ラ・ボエーム」雑考その4 ショナール&マルチェルロの巻
◆芸術家たちの挫折・・・そのA:ショナールとマルチェルロの挫折◆
第1幕冒頭で芸術家としての挫折を感じていたロドルフォ。
しかしミミの登場で彼の芸術家としての魂は再び蘇るのです。
では画家マルチェルロ、音楽家ショナールは・・・?


●ヘンテコなバイトで金を稼いできたショナール●
第1幕でお金を稼いで帰ってきた音楽家ショナール。
彼はそのアリアの中でそのお金を稼ぐ様子を自慢げに語ります。
(※その内容については11/20の日記「雑考その1」参照)
この仕事は音楽家として正当な仕事と言えるでしょうか?

ロドルフォは「カストロ誌」の原稿を書くことに気が乗らなかった。
・・・その理由はその仕事の内容が、自らの芸術家としての魂を燃やすのに適したものではなかったから。
同じようにショナールの仕事は音楽家としてむしろ屈辱とも言えるものだと思います。
「うちのオウムの鳴き声がうるさいから、その鳴き声をかき消すために演奏をしてくれ」
ショナールは聴衆もいない部屋で、三日間もピアノ(原作では)を引き続けます。
それが夢を燃やす音楽家にとってどんなに屈辱的だったことか・・・。
ところが当の本人ショナールはそんなことにちっとも気をとめていません。
彼はとても現実的な考え方をしていて、まずはお金を稼ぐことができたことに満足をしています。
それが悪いことだとは思いませんが、その意味ではロドルフォの方が芸術家として純粋なのかもしれません。

第2幕ではホルン(狩猟ホルン)を買います。
このホルンが本当の意味での(芸術的な・・・という意味での)楽器ではないことは注目です。
この狩猟ホルン・・・一体何に使うんでしょうね?(笑)

●看板書きマルチェルロ●
第1幕で生き生きと描いていたはずのマルチェルロの作品「紅海」は第3幕では無残にもキャバレーの看板になっています。
ムゼッタとよりを取り戻したマルチェルロは彼女との生活のために、ムゼッタの働くキャバレーの店長の世話になり、看板書きとして生活をしています。
そこには芸術家としての生き生きとした姿は微塵もありません。
第4幕。ムゼッタと別れたマルチェルロは再び芸術家として作品を手がけますが、その作品は第1幕の作品よりも劣っていることは言うまでもありません。
彼にはもはや芸術家としてのエネルギーは残っていないのです。
(つづく)

↓今日レッスンの帰りに出会ったネコ。夕空を見つめる横顔が素敵です。※ネコにも肖像権ってあるのかしら?

2004/11/22(月) 「ラ・ボエーム」雑考その3 ロドルフォの巻
◆芸術家たちの挫折・・・その@:ロドルフォの挫折◆
このオペラは一般的に「悲劇」とされているが、
それは単にミミが死ぬから「悲劇」なのではない。
このオペラの悲劇性はミミの死(というよりむしろ「命」)に対して人生を謳歌しているはずの5人の若者が「無力であった」ということなのだ。


●なぜロドルフォは自らの原稿を燃やしたのか・・・●
オペラの幕が開くと、まず自分の仕事をしている画家マルチェルロと、それとは対称的に窓の外を物憂げに眺めているロドルフォの姿が現れる。
 このとき詩人であるはずのロドルフォは何故自らの仕事を放棄し、窓の外を見つめているのか?そして彼はそこに何を思うのか?


僕も作曲をしたり、昔は自作の小説を書いたりした経験があります。
その経験から素人ではありますが「物書き」として、その心理として・・・若いころの未熟な作品っていつまでも捨てることができずに引き出しの奥の方に残しておくものです。
 ロドルフォもおそらくそんな風に宝物のように残していた作品を、オペラの冒頭で惜しげもなく薪の代わりに燃やしてしまいます。
ロドルフォは自分の「青春の思い出」を捨てるだけでなく、詩人としての自分自身の「これまでの人生」そのものを捨てようとしているのではないでしょうか?

●あのシーンで「原稿を燃やすこと」が部屋を本当に暖めるのに足りるものでないことはロドルフォにもマルチェルロにもわかっています。
だってどうせ燃やすなら何も原稿を燃やさなくたって、まだ何も書かれていない白い紙が山ほどあるはずじゃないですか。
そこまで彼らはバカではありません。
あのとき彼らが行っている行動は「部屋を暖めること」が目的なのではなく、「自らの血と汗がにじんだ青春の結晶」である「作品を燃やすこと」にこそ意味があったのです。

ロドルフォはオペラの幕開けで窓の外を物憂げに眺めています。
その視界には
「灰色の空に、パリのたくさんの屋根から煙が立ちのぼる "Nei cieli bigi (guardo) fumar dai mille comignoli Parigi,"」
様子が映ります。
・・・あんな煙のように僕の作品、そして僕の青春とも言える「芸術の精神」を天に昇らせてしまいたい・・・

彼は今の生活に失望しきっています。
ミミが登場する時に彼が手がけている原稿とは、流行雑誌「カストロcastoro」(・・・今で言う写真週刊誌?ゴシップ誌のようなもので、どう考えても文芸的な価値を持っているとは思えない)のためのもの。
生活のためとは言え、自らの詩人としてのプライドも何もないものを書かざるを得なかったロドルフォ。
そして彼はその仕事に「気が乗らない "Non sono in vena."」のです。(※ここで注目すべきはこの部分のト書きに"sfiduciato=失望して"と書いてあることです)

そして・・・

そこにミミが登場したのです。

彼女こそ、ロドルフォの心の中で消えかかっていた火を再び燃え上がらせるのに充分な精神的な魅力を持っていた・・・。
ロドルフォが第2幕で仲間たちにミミを紹介するときの短いアリアの何と情熱的なことか。

しかし彼の心の火は第3幕の前で再び消えかかり第3幕フィナーレではまた持ち直し、
第4幕冒頭では再び消えかかっては、またミミの登場によって(たとえそれが自らの「命の火」の消えかかった恋人であったとしても)燃え上がるのです。
そしてラストシーン・・・そのともしびは遂に完全に息絶えます。
このオペラ中、最初から最後まで運命に翻弄され続けるロドルフォ。
しかし彼は恋人の命と引き換えに自らの芸術家としての命を再び蘇らせることでしょう・・・そう信じたい・・・この「ラ・ボエーム」という物語がロドルフォ自身による回想を描いた小説である・・・と信じたいのです。

※★今日のおすすめサイト→「ぶらぶら猫のパリ散歩」:パリの地図や歴史上の出来事が掲載されているHP。オペラ中に登場する「カルティエ・ラタン」なんかも詳しく掲載されています。
http://www.shinjuku-shobo.co.jp/new5-15/saito_burabura/bb/WebFfiles/BBWeb000.html

2004/11/21(日) 「ラ・ボエーム」雑考その2
◆第二幕コルリーネ「サラミだ!」"Salame!"
 ミミを連れて仲間たちの待つカルティエ・ラ^ンに現れたロドルフォ。マルチェルロ、ショナールそしてコルリーネがミミに初めて出会うシーン。
 仲間は芝居じみた形でミミを仲間に受け入れます。
マルチェルロ(ロドルフォのミミを紹介するアリアに対して):"Dio che concetti rari!"=まさに貴重なご意見だ!
コルリーネ:"Digna est intrari!"=(ラテン語で)加入に価する!
ショナール:"Ingrediat si necessit"=(ラテン語で)必要あらば入会されよ。
コルリーネ:"Io non do che un'accessit!"=(ラテン語とイタリア語が入り混じって)おれはただ加盟だけを贈ろう!

<しばし間 そして・・・>
コルリーネ:"Salame!"=サラミだ!

 コルリーネは決してミミが嫌いな訳ではないのですが、彼女が入ることで男4人の関係が離散することは嫌なんです。それが「加入」ではなく「加盟」と正すコルリーネの言葉になるのだと思います。
 男たちの友情の中にミミが入ることは認めない。ただ仲間として認めよう・・・という態度。
 そして少し気まずくなったところで「サラミだ!」・・・と。

 この「サラミ」は給仕に対する注文であるはずがなく(そういう演出がなぜか多いのですが)ミミに対するちょっとした皮肉のはずです。
 つまり「サラミ"salame"」「サロメ"salome"」を掛けているわけです。

●『サロメ』のあらすじ●
若い娘が踊りの褒美に男の首を要求するという「サロメ」の話は、二千年以上昔、古代ローマ時代のガリラヤ地方の逸話として聖書に登場する。そしてルネサンス以来、数多くの芸術の中でこのテーマが繰り返し描かれてきた。アイルランド生まれの詩人、小説家、劇作家であるオスカー・ワイルドが1891年に書いた一幕悲劇「サロメ」では、『死に憧れる乙女サロメは、思い焦がれても振り向いてもらえぬ男を死に至らしめる・・・。』
※参考→http://www.herald.co.jp/official/salome/index.shtml

女というものは男を死に至らしめる・・・。
数回の恋愛を繰り返しそのたびに失望と挫折に思い悩んできたロドルフォ(第3幕より)。
その姿を目の当たりにしてきた女嫌い(?)のコルリーネとしては、
ロドルフォに新しい恋人ができることを素直には喜べないものがあるのかもしれません。
それをわからないように皮肉って叫ぶ"Salame!"
コルリーネの堅物なまでの実直さと、友情からくる彼なりの精一杯の抵抗でもあるのかもしれません。

この後、ミミがいる前でロドルフォの女性遍歴を匂わせることをショナールと話しているのも、その延長です(練習番号[15]の42小節目〜) し、
その後ムゼッタが登場した後のショナールとコルリーネの会話もつながっています。
実は第2幕はコルリーネの人生観(特に女性観)がよく表れたシーンなのではないでしょうか?

↓全体練習後、自主的に練習するロドルフォ(父:古澤泉)とミミ(永安淑美さん)

2004/11/20(土) 「ラ・ボエーム」雑考その1
プッチーニ作曲によるオペラ「ラ・ボエーム」は作曲時間よりも台本を作るまでの時間が長かったんだそうです。
それほど台本作家ジャコーザ&イルリカとの綿密なディスカッションが膨大な量だったことがわかります。

その一分の隙もない台本を読まずしてこのオペラを語ることは許されないのでしょう。
(原作を読むことはあまり意味がないように思えます。むしろ原作と相違する部分はプッチーニたちによる脚色が加えられており、なぜ彼らがその部分を原作と違えて書き直したのか?を探ることが重要です)

さて今日はショナールとコルリーネの会話の中にあるギリシア神話について・・・。
◆第一幕ショナールのアリア(?)の最後に登場する「(オウムは)ソクラテスみたいに死んじゃったんだ」
"da Socrate mori!"
・・・ソクラテスは賢者たちとの対話の末に、彼らの「知っていると思い込んでいること」は全て彼らが「理解していないこと」であることを証明してしまいます。論破された賢者たちは恥をかかされたことを怒りソクラテスを裁判にかけ、結局死刑の判決を言い渡します。
 どんなことがあっても信念を曲げることを許さなかったソクラテスは結局その処分を受け入れ毒ニンジンを飲んで死んでしまいます。

※参考文献→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9

第一幕で稼いだ金をばらまくショナール。彼はヘンテコなバイトで大金(彼らにとっては)を稼いでくるんです。
そのバイトとは・・・
あるイギリス紳士風の男が自分の飼っているオウムの鳴き声がうるさくて仕方がなかった。
そこで紳士は、オウムの鳴き声がかき消されるよう音楽を演奏し続ける音楽家を探したのです。
雇われて三日三晩演奏をし続けたショナールはやってられなくなり、
とうとうオウムにパセリを食べさせ毒殺(?)してしまうのです。

「やかましくしゃべりたてたオウムを毒殺する」という行為を上記のソクラテスの死刑と引っ掛けてしゃべっているんですね。
ショナールがそれほど読書家だったとは思えないので、
おそらくいつかコルリーネが偉そうに語っていた『ソクラテス』を覚えていたのだと思います。

この他にも第2幕では『ホラティウス』『サロメ』(コルリーネが「サラミ」と掛けて叫びます)なども登場します。
ほんの少しだけ勉強してこの「ラ・ボエーム」を観るとより楽しめます。
これもプッチーニらによるちょっとした「遊び(オマケ)」だったりするわけです。

2004/11/19(金) ●本オペラ振興会・・・
3月の●本オペラ振興会の公演でアンサンブル(合唱)の依頼が来ました。
出演者が父をはじめ、すてきな方ばかり。
しかも演出が岩田さんと聴いて即決!
熱い現場になりそうだ〜。
あ、maiharuさんもいらっしゃるんですね。

今日はそのオーディション(?)というか・・・
大賀総監督に声を聴いていただきました。
「電話」「赤とんぼ」「マクベスのアリア」と聴いていただき、
出演が決まりました。
大賀先生はとても優しい感じの方でした(怖いイメージがあったのですが・・・)。
「なかなかいいバリトンだね〜」なんてお褒めの言葉もいただきうれしかったです。
さぁ来年もタイトなスケジュールになりそうだなぁ、こりゃあ。

移動「新百合ヶ丘→熊谷」
夜はベーレンタールの練習。
今日は風邪をひいた方が多いらしく、数人しかいらっしゃいませんでした(-_-;)
来月のスケジュールの関係で、僕の指導は今年は今日が最後だったんですね・・・。
かなり早い「よいお年を・・・」という挨拶をしてきました。

↓新百合ヶ丘駅・・・今日のオーディション会場となった昭和音楽芸術学院は駅前でした・・・夜は父やmaiharuさんもいらしていたみたいです。

2004/11/18(木) 学校公演「愛の妙薬」in栃木
今朝は栃木県鹿沼市にある中学校でオペラ「愛の妙薬」鑑賞会を公演してきました。
全校生徒100人ほどの小さな学校でしたが、
廊下で生徒さんたちに会うと、みんな「こんにちは!」と大きな声で挨拶をしてくれるとてもさわやかな学校でした。

朝早い公演ということで昨夜から宇都宮入り。
出演者で餃子を食べてから練習をし、
その後はとてもおいしいお店で魚などを堪能しました。

学校での公演は緊張している生徒さんたちをいかにほぐしてあげるかがミソですが、
体育館の舞台上からも生徒さんたちのキラキラした目が見えて、
とてもうれしかった。

終演後も僕たちを見送りに来てくれて、
昇降口の外まで出てきて車が出るまで手を振ってくれた。
感激!!(T_T)

その後は近くのおいしい蕎麦屋で手打ちソバと野菜天ぷらを食べました。

県の職員の方々、学校関係の皆様、そして生徒さんたち。
本当にありがとうございました。

↓出演者の皆さんと

2004/11/17(水) 前略・・・ハナです
実家からハナの写真が送られてきました。

2004/11/16(火) 歌のテスト
合唱大会も終わり歌のテストが始まりました。
それにしても中学生は大きい声で本当に良く歌いますね。
しかもうまい・・・!!
成績をつけるのが大変そうです。

明日はあさっての学校公演のために宇都宮にお泊りです。

2004/11/15(月) ディズニーリゾートIKSPIARIカウントダウン「第九」合唱練習初日
初日というのは毎度のことながら緊張します。
今日からディズニーリゾートIKSPIARIカウントダウン「第九」の
合唱練習が始まりました。
浦安市の方々が多いのですが、横浜や千葉からも集まってくださって、
少しずつ人の輪が広がっているのがうれしいです。

これから4回練習をして、オケ入りリハ→公開リハ→本番という流れです。
参加費がタダなのですが、だからこそ指導者としては初日が勝負!
ここで「つまらない」と思われたらもう来てくださらないだろうし、
逆に良ければ「楽しいから一緒に来ない?」なんて感じで他の人にも声をかけてくださるかもしれない。

今日はじっくり細かい部分も直しつつ練習しましたが、
次回からは「合唱団」としてのコミュニケーションをはかることや、「第九」の劇的なシーンを実際に演じながら歌う練習など、
ここでしか体験できないような内容の濃い練習にしていきたいと思います。
まだまだ団員募集をしていますから、みなさんぜひ来てね!
特に第九をたくさん歌っている方にこそ体験して欲しい!!

※妻が帽子を編んでくれました・・・え?僕にくれるわけではないって?
(-_-;)

2004/11/13(土) 中学合唱大会
とてもすばらしい合唱大会でした。
今年は生徒たちの力を信じて、
僕の仕事はただ彼女たちを励ますことだけ。
生徒たちが力を合わせて、自分たちで話し合って・・・
心をこめて作り上げた合唱は涙なしには聴けませんでした。

普段はクラスの中でも少し心を開けないでいた子も、
みんなの前ではあまり目立つことのできない子も、
一生懸命声を出して、クラスの中に溶け込んでいました。

個人の力がどんなにあっても合唱にはならない。
一人一人がお互いを感じ合って、一つに揃った時初めて合唱として美しいハーモニーになる・・・
そんな「合唱」の基本、そして「合唱」の奥深さを改めて教えてもらった気がしました。

人と人は感じ合える。
僕らは隣の人と気持ちを一つにすることができる。
世界中の人が同じハーモニーを奏でることができたら、
もっとよい世の中になるのにな・・・。
そんな予感をさせる大会でした。

◆生徒のみんなへ◆
賞を得ることのできたクラスのみんな。
残念ながら賞は取れなかったけど、精一杯歌って悔いのない君たち。
本当にありがとう。
君たちは素晴らしい!

※合唱大会の様子が学校の「富士見だより」に掲載されています。ぜひご覧下さい。
http://www.fujimi.ac.jp/new-hp/index.html

合唱大会後は慌てて学校を後にし、昼は「椿姫」(1月)/夜は「愛の妙薬」(12月学校公演)の稽古でした。

2004/11/11(木) 授業で涙ぐむ
中学の合唱大会もいよいよヒートアップ。
前の授業で「強弱をもう少しつけるといいね」って言ったら、
今日の放課後練習ではばっちり強弱表現がついているし、
僕が注意しようとしていたところも自分たちで気づいてお互いに意見をし合ったり・・・。
真剣そのもので自発的に練習している様子に思わず涙ぐんでしまいました。
この子たちの将来が楽しみ。日本も捨てたものじゃないですね。
今日は授業のたびに涙ぐみ、帰宅して「わたおに」(テレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」)で号泣し・・・最近涙腺が弱い・・・。

合唱大会の審査がつらいです。
どのクラスも僕にとってはみんな「優勝」だよ。
うちの生徒たちは最高です!

そんなテンションで行った夜の「ラ・ボエーム」の稽古。
なんだ今日も合唱稽古かよ・・・。
結局今日も何の進展もなし。
他の稽古をキャンセルして行っているのに・・・。
でも大間知さんの2人のお嬢さんも児童合唱に参加することになり、こちらも親子共演。
すっかりパパの顔の大間知さん・・・とっても嬉しそうでした。

↓先日の熊谷でのステージでいただいた百合の花。家の中に花の香りがたちこめています。

2004/11/10(水) 妹の誕生日
今日は妹の誕生日
今年からついにライブ活動を開始した妹の「ふるさわひかり」ですが、
来年あたりからどうやらプロの方とバンドを組んで、数年後にはメジャー・デビューを目指すということです。
がんばれ!妹よ!!兄は応援しているぞ!

今日は疲れがたまってしまったので、直談判をして「愛の妙薬」の稽古を休ませてもらいました。
せっかくなので学校の仕事でやりためていたものを一気に仕上げ、結局帰ったのは遅くなってしまった・・・。
中学の合唱大会は土曜日に本番を控え、かなり盛り上がってきましたね。
今年は僕のクラスもとっても頑張っていて、
どのクラスにも優勝させてあげたい気持ちです。
審査員をつとめるのがツライ!!!
とにかく後は体調に気をつけて、力いっぱいの合唱を歌って欲しいです。
一生懸命歌っている中学生たち。
どの子も本当に愛すべき教え子たちです。

今日はマザーコーラスがありましたが、
グループ練習ということで僕はフラフラ見回りをしていました。
発声練習とかもピアニストの澤山さんに全部お願いしてしまって・・・ごめんなさい。
本当に体力的に限界だったんです(T_T)
来週は僕は宇都宮へ旅立たねばならないので(公演のため前乗り:1泊なんです)よろしくお願いします〜。

2004/11/09(火) 長い1日
今日は2時間目から6時間目まで休みなしで授業(臨時補講を入れてしまった)。
合唱大会直前ということもあり、生徒達の気合もすさまじいです。
そんなわけでどうしても授業時間をオーバーして練習してしまうものですから、僕は休み時間がない状態。
おまけに昼休みは演奏するクラスの順番を決めるためにクジ引きを見届けなければならず、昼食も5分でかきこむ有様・・・。
放課後も合唱大会の練習があり、2箇所で別のクラスが同時にやっているのを行ったり来たり・・・。
ほんと・・・死ぬかと思った。

放課後練習が終わったら学校を飛び出しオペラ「愛の妙薬」の練習のために府中へ移動。
移動中が唯一の安らぎの時間なのでいつの間にか電車の中でうたた寝。あやうく乗り過ごすところでした。
少し遅れてしまいそうになったので駅からはダッシュ。
稽古場についたらベルコーレのハイテンションが求められます。
精一杯歌いきって(しかもほぼ全部のシーンを歌った)、
ぐったりして帰ってきました。

とにかく疲れた。。。この時期ムチャは禁物ですもんね。
もう寝ます。

2004/11/08(月) オペラ「ラ・ボエーム」第2幕・第3幕稽古
今日は第2幕をちょこっとだけやって、メインは第3幕の練習でした。
第3幕は出番のない僕は見学。
第3幕はロドルフォの複雑な心理をどう演じきるかが見どころなのですが、ロドルフォ役の大間知さんは本当にすごかった。
全ての動作、目の力に至るまで1つ1つが無駄がなく必然でした。
そして何よりあの複雑な心理、そしてその心理変化を明確に演じていらっしゃって・・・
ミミのアリアを聴いているロドルフォの表情で泣けました!!
本当にすごいなぁ〜。
感動感動でした!

2004/11/07(日) 熊谷ミュージック・フェスティバル
昼は第一部「合唱の部」
ベーレンタール出演のため午前中に家を出ました。
電車に揺られ熊谷まで・・・(電車内での様子は奥さんの日記を参照)
ベーレンタールは練習のときはとてもよかったのですが、本番は力んだのかハーモニーが崩れてしまいました。何とか持ち直せてよかったです。それにしても冷や汗でした。
1曲目の「希望の島」は最近練習した曲のせいか、やはり最近の良い傾向がしっかり出ていました。2曲目の方が難易度が高いせいもありますが、新しい方法がまだ吸収できていなかった感じ。
それにしても少しずつ着実に成長していく姿はアッパレです。

合唱の部が終わると休む暇もなく第2部「ソロの部」のリハーサル。
ご飯を食べることもできずにリハーサルにのぞみました。
音響の悪いホールということもあり、低音の多い「落葉松」を選んだのは失敗だったかも。
お客さんが知っている曲を・・・という観点で選んだのですが・・・。
この曲は本来合唱曲ですから、ピアノ伴奏がかなり厚い音で、しかも歌よりも高い音でなぞっているので音響に頼れないホールで歌うのには適していなかった。
リハも7分のプログラムなのに各人5分ずつ(なんでやねん・・・)。
音響チェックだけして本番へ。

他の歌い手さんがみんな声をガンガン張る曲だったのと、
僕の前がピアニストさんによる20分以上のピアノ・ソナタだったので、
お客さんの雰囲気を感じてしっとり歌いました。
できるかぎりお一人お一人の顔を見ながら歌うと、会場全体の空気がやわらかくなるのを感じました。
それにしても「落葉松」は半音高い調で歌えば良かった・・・と反省。
2曲目に歌った自作「道端の花」はもうすっかりこのHPではおなじみになりましたが、今回もとっても評判が良く・・・
・・・う〜ん楽譜出版を考えようかな〜・・・
僕の中では無調や新バロック傾向の曲を書いた末の純粋な曲なので、力の抜けた感じでちょっと恥ずかしいのですが・・・

それにしても地元の若手演奏家に対する期待度はすごいですね。
入り口の前に花輪が出てたりして、うらやましい。

◆まとめ◆高校時代の思い出の土地:熊谷に来ると少しホッとします。特に恩師である大澤先生や小林先生、小川先生にお会いできたり、以前「金子みすゞの生涯」でお世話になった増井さんにも会うことができました。

※それにしても熊谷にはまだガン黒がいるんですね!!びっくり!!

2004/11/06(土) オペラ「ラ・ボエーム」稽古
今日は午後1:30〜8:30まで一日中「ラ・ボエーム」の稽古でした。
あぁ〜疲れた・・・。
煮詰めて煮詰めてここまできた分、それが結局行き詰ってきている自分に気づきガッカリ・・・。
新鮮さがなくなってきているのと、他のキャストさんとの兼ね合いがうまくいかなくなってきている。

ちょっと稽古場をもっと客観的に眺められればいいんだろうな。

2004/11/03(水) 実家に宿泊&熊谷ミュージック・フェス合わせ
いい天気でした。
昨夜は実家に宿泊。とにかく安静に安静に心がけました。
今日になって、昼から熊谷ミュージック・フェスティバルのためのピアノ合わせを伴奏者である栗栖さん宅で行います。
1曲目は「落葉松」
・・・非常にピアノが充実している曲なので、どちらがメインということもなく歌手とピアニストによる二重奏というコンセプトで演奏。
この曲は楽譜を読めば読むほど細かい表現指示があるので、
シンプルに楽譜通り演奏すると自然に大きな表現力を持つ・・・作曲家の手腕が光る名曲だと改めて実感しました。
2曲目は僕の自作「道端の花」
・・・もうすっかりおなじみになった自作品。熊谷では初のお披露目ですね。
今回は作曲した当時の感覚に戻って、「芸術作品」という意識を持たずに「誰でも親しんでもらえる歌」という気持ちで歌います。
テンポも少し速めにして音の揺らぎも極力抑えます。
感覚的にはポピュラー音楽に近い。

合わせの後にはケーキまで出していただいちゃって、うれしかったです。
少し音楽について話をして盛り上がりました。

実家に一旦戻り、夕食は家族(妹以外)で外食。
たらふく食べました。
というわけで帰宅。明日は妻が帰ってきます。

↓寝顔を撮ろうと、そ〜っと近づいたら目を覚ましてしまった・・・
睡眠を邪魔されて明らかに不機嫌なハナちゃんです。

2004/11/01(月) ちょっと声が・・・3時間の大曲!
今日は授業で声をからしてしまった。
風邪の雰囲気もあったので、練習は休ませてもらいました。

さて、これで夜ヘ時間をいただいたのですが、
ノドの調子は悪いから当然声は出せない。
でも体が具合悪いわけではない。
家に帰ってもすることがない(ないわけではないのだけど)。

そんなわけでどうやって夜を過ごそうか・・・なんて考えながら学校のピアノをポロポロと弾いていると、
メロディがどんどん浮かんでくる。
楽譜に書き留める気もなかったから永遠あふれてくる音を弾き継いでいく。
いろんな様式で、いろんな奏法で。
途中ショパンのワルツの変奏も出てきたりして。

んで。
気がつくとすでに夜の9時・・・なんと3時間以上ピアノを弾いていたんですね。
最後にちょっとモーツァルトを弾いてみる。
なんでこんな曲が書けるんだろう?
やはりモーツァルトには絶対かなわない、と打ち負かされて帰宅しました。

とにかく体調を早く治そう。


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