元気いっぱい中長日記
〜三重大学陸上競技部中長ブロック〜
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2015/03/25(水) 同期に捧ぐ
こんばんは。
卒業式の夜を何故かリアルゲイと二人で過ごしている吉田です。(助けてくださいっ(>_<”)!!!)

リアルゲイに何もさせることなく寝かしつけることができたので、
こっそり日記を書こうと思います!


今日は卒業式でした。
この一日のために多くの方々が貴重な時間を使ってたくさん準備をしてくださっていたと思います。
おかげで楽しくて思い出に残る一日を過ごすことができました。ありがとうございました。
かばクンMVPおめでとう!

...とはいえ、僕はあと2年間お世話になる予定なので、
後輩のみなさんに今日この日に伝えたい!と思うことはありますがありません。


同期に向けた日記を書きます。


近ごろの新入生はみんなすぐに仲良くなってしまうとそう感じている人は多いと思います。
LINEグループができてみんながすぐに繋がっているなどということは驚きです。
僕らが一年生の頃は決してそうではなかったように思います。

初めて部活に参加した日から数日間、
坂倉という同期がいることを知りつつも彼に話しかけることのなかなかできない日々が続きました。

林が部活に来始めてからも、
林は僕たちがメニューをしている間に来て、一人ジョグをして、早々に帰ってしまう...
という謎すぎる新入生でした。

中長の中でうちとけるのにも時間がかかりましたが、
他ブロックの一年生とは関わることがほとんどなく、
話すようになったのは夏ごろになってやっとであったと記憶しています。

今から思うと僕たちはとても時間をかけて今の関係を築いてきたと思います。

しかし、時間をかけて一つ一つ関係を築いてきたからこそ
陸上部同期でいるときは何よりも楽しいし、とても心の落ち着く、大学生活において大切な居場所になったと思っています。


僕は実はなかなかの黒歴史の持ち主であったりします。
中学時代、毎朝いっしょに登校していた “ひろしくん” と “たくほくん” の二人を除いては、
僕の声を聞いたことのある人は誰もいない... といった感じの中学3年間を過ごしていました。

そんな僕が急に華々しい高校デビューを飾れるはずもなく、
高校でも業務連絡以外で僕が口を開くことはほとんどありませんでした。
毎日顔を合わせている長距離ブロックのメンバーとたまに笑い合うことがやっとでした。


大学に入学するまでそのように生きてきた僕は、
友人とご飯を食べに行くという経験も、友人とどこかに遊びに出かけるという経験も、
そして、つまらない冗談をただただひたすらに続けるという経験も、
これらのことを陸上部の同期と初めて体験しました。

人見知りで口数の少ない僕のことを
みなさんは陸上部の中の知り合いの一人程度に考えていたかもしれません。

しかし、僕にとって陸上部の同期とは、
一人一人が本当に特別な友達であると感じていました。


みなさんと過ごしたこの4年間は、
これまでの僕の人生の中で決して忘れることのできない大切な ひととき となりました。

卒業旅行の夜に川に向かってともに用を足し、山川純と親友になったことも...
その後、布団にお菓子を忍ばせ、それがバレて、ガチで枕投げをして山川純と絶交したことも...
追いコンの夜にチョー怖い池をめざして肝試しをする中で山川純と再び親友になったことも...
次の日の朝6時から枕投げをして、山川純と再び絶交したことも...
忘れることのできない大切な思い出です。


みなさんこんな僕と仲良くしてくれて本当にありがとう。

同期と過ごす時間が大好きでした。

斎木先輩など足元にも及びません!


これまで部活に行くと誰かしら同期がいて、
そこが僕の目線の落ち着く先となっていましたが、
これからそのようなことがなくなるなんて信じられません。

悲しいです。悲しすぎます。


同期のみなさん。必ずまた会いましょう!

今、現在 ”みんなとまた会いたい” という、これに勝る感情はありません。

ホントに絶対会いましょう!ありがとう。


(斎木先輩、日記お願いします。)

2015/03/15(日) 斎木先輩に捧ぐ
こんばんは!4年の吉田です。

先日は中長追いコンを企画していただき、ありがとうございました。


本日は陸上部内で “ゲイ” キャラを張っているみなさんに 悲しいお知らせがあります。

我らが教祖、斎木先輩が全体追いコンにも卒業式にも出席できないそうです!!!

という事で、今日の日記は斎木先輩のことしか書きません。



〜斎木先輩初恋物語〜

斎木先輩が大学3年生のとき、陸上部に吉田くんという1年生が入部してきました。

吉田くんは高校のとき、陸上部の同じ長距離ブロックに男子の先輩が一人もいませんでした。

そのため、大学で先輩というものができ、心にときめきを感じていました。

特に、”長距離の絶対的エース” と呼ばれていた斎木先輩からは目が離せませんでした。

先輩がメニューで自分の前を走ってくれるという初めての経験に、
日々斎木先輩を背中からずっと見つめていました。

さらに、インカレという大舞台で戦う先輩の姿に、吉田くんの斎木先輩に対する憧れは最高潮に。
斎木先輩を見つめる吉田くんの目はキラキラ輝いていました。

そんな吉田くんのまっすぐなまなざしに、斎木先輩も吉田くんを意識せざるをえませんでした。

気付いたときには、斎木先輩は同期から “ゲイ” と呼ばれるようになっていました。

しかし、斎木先輩はそんなこと気にしません。なぜなら恋する喜びを知ったからです。

こうして今の斎木先輩が生まれたのです... めでたしめでたし



現在、三重大学陸上競技部では、
男子部員の1/3がゲイと言われるほどにゲイがはびこっています。

しかし僕が一年生で入部したとき、陸上部にゲイと呼ばれる先輩は一人もいませんでした。

つまり、斎木先輩が吉田に恋を日、陸上部ゲイの歴史が始まったのです。

そしてこの春、三重大学陸上競技部は始まりの男、いや始まりのゲイを失うのです。

陸上部でゲイキャラを張っているみなさん
追いコンでは斎木先輩を想いながらみんなで悲しく飲みましょう。



さて、少しまじめに書きます。
斎木先輩がカッコいいのは容姿だけではありません。
先輩として最高にカッコよくて、本当にこの4年間、常に僕の憧れでした。

斎木先輩は誰よりもチームを思い、誰よりもチームを見つめておられる、そんな先輩でした。

僕が夜遅くまで練習していると、ごく稀に斎木先輩から話しかけてくださることがありました。
そのときに僕の練習についてアドバイスやちょっとした意見を言ってくださいました。
これが、まぁ毎回毎回、僕がそのときに悩んでいたことに対する答えや、それを導くヒントなんです。
何も話していないのに、僕に悩みがあるのを感知して、そして適切なアドバイスをくださる。
本当に僕を、そしてチームの一人一人をよく見てくださっているのだと感じました。

もう一つ、
斎木先輩が幹部のときの駅伝で、メンバーを目指していた長谷先輩が、
諸事情によりメンバー入りを断念するということがありました。

ある日の練習で、長谷先輩が斎木先輩にそのことを申し訳ないと報告されたことがありました。
このとき斎木先輩は長谷先輩に「いいよ!いいよ!俺たちに任せとけ!」とおっしゃられたのです。

なにげない一言でしたが、
斎木先輩からふいに出た一言が ”俺に” ではなく ”俺たちに” であったことを
なぜか今でも忘れることができません。

陸上競技という個人プレーの競技で ”俺たち” なんて言葉をサラッと使えるのは
何も分かっていない人間か、もしくは、本当にチームを背負っている人間かであると思います。

陸上以外でも、斎木先輩とは学部学科が同じであったこともあり
研究や就活の話もいろいろしていただきました。

斎木先輩のことは、本当に隅々まで尊敬していました。
僕がゲイと呼ばれるようになってしまうほどに、心から大好きでした。(←もちろん先輩としてですよ!)



神様、そんな斎木先輩に日記をふることを、どうかお許しください。



現在、中長日記は石野にまわっているようなのですが、
誰がなんと言おうとも、今日の僕は斎木先輩に日記をふります!!!

ということで、斎木先輩お願いいたします。

斎木先輩へのお題は、
「吉田のどこをそんなにも好きになったのか」
「4年をともに過ごして今 吉田の好きなところ」
「吉田への愛から学んだこと」
「最後に吉田にどうしても伝えておきたいこと」
「この先の吉田との未来」
(その他)

早く書いてくださいね!

でないと、
〜続・斎木先輩初恋物語〜 を思いついてしまうかもしれません。

よろしくお願いします。

2015/03/10(火) 2年生の1年間を振り返って、新たなスタートへ
こんにちは。2年の細澤です。

テストが終わり、ついに春休みに入りました。まだ試験の結果がわからないのですが、再試があればまたこれから勉強が待ってます…泣

さて、まずは2年生の1年間を振り返りたいと思います。4月は、3000,5000で記録更新、3月のケガもありましたが、まずまずの結果を残しました。5月の東海インカレは、1500で失速、予選落ち、5000もあまりよくない結果。6月の西日本インカレは、10000で失速、博多まで行って、何やってるんだ、でした。スランプでした。7月は、一度陸上を見直すことに。8月の西医体で1500、5000優勝、大会MVP。ここから調子が戻ってきました。9月は鍛錬期、10月は秋季。全日本の東海選抜勝ち取りました。11月、12月は駅伝。全日本は失速、東海学生駅伝は区間3位でまずまずの結果。1月は、四日市駅伝区間賞、2月は美し国駅伝区間7位。
2年生後期は、授業が9月から始まり、ほぼフルコマで、勉強が忙しい中で、何とか結果を残せたかな、と思います。
結局、1年生の時の記録を更新できたのは、3000と5000のみでした。
2年生を、勉強の面で、乗り越えられたというのは大きいです。自分の頭脳もそう捨てたもんじゃないと感じました。

さて、今年は…

3年生は、解剖が入ってきます。でも、2年生よりは勉強が忙しい訳ではないそう。
そして、ついに幹部になりました。みんなを引っ張っていく。恐らく、部活には毎回行けるわけではないし、みんなと練習できることも少ないと思います。そういった中で、僕が示していけるのは、陸上への姿勢だと思っています。

今年は、何度も言うように、自分にとって恐らく陸上をしっかりとやれる最後の年。
東海地区から、卒業でたくさんの偉大な選手がいなくなります。その東海地方を引っ張っていく時期になりました。実際、台湾遠征にも選ばれ、東海代表選手として、再来週には台湾で戦ってきます。
目指す先は、東海インカレ優勝。ゴールの瞬間、勝利の雄叫びをあげたい。

そのため、これからしっかり練習を積み、出るべき試合を選んでいきたいと思います。
まずは、台湾遠征でベストの更新を狙っていきます。

ということで、そろそろ新1年生も入ってきます。
規律を守りながらも、楽しい部活を作っていきたいです。新入生歓迎ムービーもつくりました。興味がある人は、是非とも陸上部中長距離に入ってもらいたいです。自己紹介は、また後ほどしようと思っています。
たくさんの新入生が入ってくれることを期待してます!

2015/03/06(金) たいとるなくてもいいよね!?
お久しぶりです。久しぶりの日記です。
4年の吉田です。


卒論を提出し、少し余裕ができたので日記を書こうと思います。


卒論に全てをかけた一年が終わりました。

この卒論に間違いなく命をかけたと言える、大学4年生のこの一年間の命をかけたと言える、
そんな熱い論文を書き上げることができました。

そして、卒論を書くための研究活動を通して、自分という人間が大きく変わりました。

木を、森を、そしてこの地球を見つめる
自分独自の眼が養われたことで、この目に映る世界が大きく変わりました。

みなさんも何かに命をかけて生きていますか!?
5/15〜のインカレでは、みなさんの命をかけた最高のパフォーマンスが見られることを楽しみにしています。



しかし、卒論が終わり、ふと我に返ると、急に卒業シーズンですよ。
研究室から誰もいなくなるし、卒業旅行とか行っちゃうし...

院進学は新生活が始まるでもなく、いつもの日々から大切な仲間が消えていくだけのようで
近ごろでは、寂しさの漂う日々を過ごしております。

だが、しかし、男たるものいかなるときもロマンと健康だけは失ってはいけない!と、
寂しさを紛らわすためにも、約1ヶ月ぶりのランニングを再開しました。

とりあえず、30分たらたらジョグしただけで3日筋肉痛が残るほどに、体力が落ちていました。
市民ランナーが、ただの市民に。これで課金とかし出したら、ただのS井先輩です。

せっかくの春休みなので、
せめて明るい時間には走れるよう一日の活動をがんばりたいと思います。
午前中の練習に行けない人や、二部練する人がいたら、
夕方ぜひ一緒に走りましょう!(実際には一緒には走らないのですが… )


さて、最近思っていたことを二つ書きます。


まず、一つ目は、
今陸上部で話したくてたまらない後輩がいます。

その名も ”深尾亮” という男です。

彼は共生環境学科の、しかも森林資源循環学講座選択という、初森林講座の後輩です。
私は彼と森について語り合いたいのです!

でも、なかなかゆっくり話せる機会がなくて...
そして僕の人見知りな性格も災いして...
とりあえず日記に書いて様子をうかがおうという魂胆です。

追いコンでは、
4年生やM2の先輩方をさしおいてでも、彼と語り合う予定です。

あと、石野とも話さないと... ホームページについて...


二つ目は、
今怒っていることがあります。

中長生存確認ボードについてです。

とりあえず、
共用の場にあれが置かれているのはけっこう恥ずかしいことですよ。
“部活動” をしているのであれば毎日全員が来ていて当たり前ですから。
幹部が生存確認に労力を使っているのは悲しいことです。
練習に来たうえで、一人一人が、自分のみが強くなることだけに命をかけている。
そうでないとチームは強くならないと思います。
せめて、練習に来させるための努力ではなく、
来たいと思わせる努力、来ることに意味を感じさせる努力をしてほしいと思います。


しかし!!!
僕が怒っているのは、全くをもって、そんなことに対してではありません。

少し前になりますが、このボード制度が始まった頃のお話。
中長生存確認ボード!なんだこれは!
また今年の幹部はおもろいことはじめたなー
それにしても生存率低いな...
特に2年は...
4年生のほうが来とるんやないか!?
坂倉来てるし、林(ゆめ)も来てるし ...???

???

名前がない!自分の名前がないー!!!



中長から存在を消された私。

吉田終了のお知らせ。中長追いコンには呼ばないでくださいm(_ _)m


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