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2006/11/29(水)
更新A
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また、銀時は寝転んだ。高い天井は昼も暗い。今はまして、量感のある闇が詰まっている。 少し過保護気味な桂は、あれは今日の高杉が余程効いたのだろう。 今日の数時間前、先の戦闘から高杉が五日ぶりに斬られて戻った。 左目と左肩をやられていた。特に左目は瞼から深く肉が抉られ、見た者は息を呑んだ。 包帯には固まった血が赤黒く盛り上がり、更に高杉は返り血を浴びるに任せていた。 自棄のような血で、ずたずたの単衣は地色の判別ができない。 高杉は、飛び出してきた仲間に囲まれ幾分億劫そうに、しかし得意そうだった。 数週間前に新しい拠点として逃れてきた山奥の廃寺は、夕暮れだった。早い秋を感じさせる涼しい風が吹き、血まみれの身体は山門の長い影の中にひっそり佇んだ。 銀時はゆっくり足を運んだために、輪の一番外で見ていた。 一歩足を踏み出した高杉が、すべての動きを止めてそのままぱたりと膝をつき、見る間に地面に落ちる。したたかに身体を打ち、高杉は支え起こそうとする手に煩わしげにしていた。 「酷い熱だ、早く」 伸びてくる手と手の中を見回し、高杉は不意ににぃと笑った。 朦朧としてたに違いないが、それは確かに人垣に埋もれる銀時に向けられていた。 「やっただろうが」 ざまぁみろ。 嬉しそうに悪態をついて、高杉は血相を変えて乱入してきた桂に強制連行されて行った。 灯が風に大きく揺らぎ、影がうねった。 肩を借りふらつきながらも自分の足で歩む痩せた影を、銀時は頭を振り追い払った。 少し過保護気味な桂は、あれは高杉を引き込んだことを半ば悔いている。戦力として無くてならない存在に成長したことは成功であり、一方で醒めた暴力を研ぎ澄ましていく高杉は勝ち目のない戦を象徴する鏡であるのだろう。しかし後悔をすっぱり止めてしまった桂には、絶望的な戦の先行きに絶望することも、高杉自身を痛ましく思うことも出来ない。 思えば、桂と高杉と刀を取ったとき、高杉はまだ痩せた少年だった。目だけがぎらぎら光り、何かに絶えず飢えていた少年だった。 今の高杉は余分が足りない切れる刃に静かに落ち着いている。 月のない夜だった。ゆらゆらと黒漆の燈台の灯心がゆらめいて消えた。虫が鳴いていい夜だった。 次の日、たまたま晩飯だと桂を呼びに行った銀時は、薄闇の廊下で立ち止まった。高杉は発熱して長いらしく、食事も受け付けなかった。それだけの体力も無い。その高杉が、熱が下がったのだろうか、濡れ縁で桂に寄りかかり目を閉じている。 兄弟のようだった。銀時は動けず、そのまま五分も経ったろうか、高杉は完全に寝入ってしまったようだった。寝顔は遠目にも少し幼かった。桂はじっと荒れ放題の境内を眺めている。手には、半ば熟したほおずきの枝が何本も握られていた。幾つも幾つも赤く熟した実が成っている。 桂は時々それを枝から外し不器用に実を抜き出す。その時点で既に幾つも破れたほおずきの小山ができた。ようやく上手く残ったそれを口に放り込んで噛む。うまく空気を送りこめないでいるのだろう、全く音が鳴らなかった。 しまいに諦めたのか、桂はようやく銀時の方を振り向いて、一本を投げて寄越した。 「銀時、ほおずきだ」 それが何だという顔をすると、桂はすげなく手を追い払うように振った。 「それをやるからあっちへ行け」 「……ヅラァ、おい」 「おまえが近づいたら起きるに決まっているだろう。それにしても、難しいものだな。」 去れと言っておいて、桂はほおずきを指し示した。 「ガキの頃やんなかったか」 「女子のやるものだったではないか」 「あー、そうか、そういや俺もした記憶は」 高杉は結局左目を失明した。 もし高杉が両の目を失っていたら。仮定を銀時は敢えて考えなかった。高杉は、少し前から戦闘の前後にいなくなることがあった。そして、高杉が戻ってくる前後に、幕府高官の変死が相次いでいた。 「銀時、次の戦だ、分かっているな」 「……」 「だから、もう構ってくれるな」 高杉を、と桂は目で釘を刺した。 「おまえは病人の高杉を正視できない」 「……」 「銀時、おまえは分かりやすいな、そしてバカだ」 ささやくように桂はひとりごちた。 「ヅラァ、余計なこと言うんじゃねぇよ」 銀時は力なく吐き出し、桂に近づく足を止めた。 既に銀時は高杉の肌を知っていた。後悔が銀のように鳴る。 高杉が斬られるおそらく数刻前、幕府高官の暗殺に向かう前に銀時は高杉と殴り合いの喧嘩をした。 行かせなければ。その念がりんりんと澄んだ空気を伝い、鳴り続ける。
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