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2006/01/12(木)
GOROKU-460 デザイナーへの道〜5
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さぁ〜就職戦線!バブルの真っ只中!!
モード学園に行ったもう1つの訳は、実家には当時、大手のアパレルの社員さんが出入りしていました。大阪の某大学を出て優良企業に就職した方々です。 中学時代、その人達に言われるままに仕事をこなすオトン。。ずっと土日も休まずに納期に追われる毎日を見ていました。 私は、仕事をしてやってるものだと思ってましたが、仕事をもらってんですね〜現実は・・・
大学出たての社員がテーブル計算で、横暴な態度で仕事の依頼をして来る事もありました。 そんな社員は、オカンの怒りの洗礼を受け小さくなっていました。 今にして思えばよくクライアントの社員を捕まえ説教してたと思います。笑 ただ、何かあれば川下の工場に納期の詰めが襲って来ます。
= 言われる側より言う側にならなアカンな!!と感じた私は = オカン〜家に来てる○○より大きい会社何処や?? 今やったらワールドかなぁ?の答えに『俺、そこに行くは!』 オカン・・・苦笑...
ワールドへの近道が、当時就職率抜群のモード学園でした。 ただ推薦への道は険しく最低条件が、4年皆勤・4年間未提出物無しが最低条件で、最終学年の夏の企業実習でワールドに行く事でした。 なんとか、バイトで教材費を稼ぎながらそのノルマを全て達成し道が開けそうになり就職先を決める時・・・・
夏の企業実習でもレディースとメンズのブランドに行きレディースで仕事をするのは5年が限界かな?メンズなら自分で着れるし確かめられると感じ始めていました。 どうせならスポーツウェアーに携わりたい! ワールドは、当時ミセスブランドが大半でした。。。。。
担任と就職担当の先生にデ○○トかミ○ノを受けたいと言いに行くと『お前、ワールド実習行ってるからアカン!』 モードは、いくつもの企業を同時に受ける事は出来ず1社づつの専願しか認められないんです。 当然、大手の就職試験は、同時期ですから試験から最終面談まで行って落ちたらヤバい事に・・・ そんな試行錯誤しながらなんとか、『俺、そこに行くは!』を有言実行で来たのでした。
さぁ!飛ぶ鳥を落とす勢いの不夜城と呼ばれていた会社に入社する事になった私を待ち受けていたのは・・・・・
To be continued
過去のシリーズは↓ http://blogs.yahoo.co.jp/ma2beat/folder/635793.html 写っ! 懐かしき不夜城(今は違います)
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