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2005/12/20(火)
500円玉の幸せ
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ス−パ−に買い物に行く。いつもは夕飯のおかずとかを買いに行くのだが、今日の目的はインスタントコ−ヒ−を一瓶だけである。レジでお金を払う。780円税込み。そのときふと昔のことを思い出した。まるでデジャブのようにふっとあの頃に戻ったような気がした。 あの頃、、二十歳の頃である。十日町の汚いアパ−トを借りていた。トイレ、風呂は共同。6畳一間で中に流しとガスコンロがついていた。男の一人暮らしには十分すぎる広さである。わき道を抜けてからアパ−トの玄関があるのだが、そのわき道の入り口にモスバ−ガ−があり、時々はそこで食事を済ませた。 塀をはさんで映画館があり、日活ロマンポルノ専門みたいな映画館。土曜日のオ−ルナイトは、塀の下を潜り抜けてタダで映画を見てくる。入るときは裏からねずみのように忍び込み、帰るときは堂々と正面玄関からえらそうな顔をして出てくる。 そんな環境に2年ほどはいただろうか、仕事が終わるとまずパチンコである。もちろん今のような博打性の高いものではない。チンタラチンタラとやるパチンコである。今で言うハネモノというやつで一台落とすには結構大変であった。中箱ふたつくらいになるとカップラ−メンにすべて交換してもらう。30個くらいもらえるのだ。それがうれしくてまた出かける。あまり大損はした覚えがない。大もうけもした覚えもないが。 ある程度の時間になると、いきつけの喫茶店に出かける。尚ちゃんという結構かわいい娘がいて、この喫茶店の看板娘。僕と同級生である。ここのママは純喫茶を経営していて、マスタ−は飲み屋のスナックを経営している。みんな知り合いであり、結構楽しかった。コ−ヒ−一杯で11時頃の閉店までいるのだから、あまりいい客ではなかっただろう。 そういえば思い出したが、ちょうどその頃パチンコでスリ−セブンがはやり始めた頃で、ある日仕事の帰りにパチンコ屋によると、その機械が新台としてあった。たまたま一台空いていたのでそこに座り、500円玉を借りてやるとすぐにスリ−セブンがそろった。ところがこちとらやり方も何もわからない。どうしようと思っていると、たまたま喫茶店のマスタ−が見ていて、ドル箱を持ってきてくれた。 「これってどうなってんの?」 と聞くと 「何だおまえ、知らないでやってるのか!!みんなこれが出したくてやってるんだよ!」 と言ってくれた。ついでに全部でいくらになるのかと聞いたら6000円になるという。これにはびっくりした。その帰り喫茶店に寄り、常連のみなさんにコ−ヒ−を一杯づつおごった。 思えば、あれが悪夢の始まりで、一時期ずいぶんはまったものである。今はぜんぜん行かなくなったが、パチンコはハネモノに限るようである。 さてコ−ヒ−であるが、今はほとんどブラックである。などというとかっこいいが、なんのことはない、スト−ブの上でいつもしゅんしゅん沸いている薬缶から、ろくに洗いもしない自作のマグカップに粉をぶっこみ、お湯を注ぐだけである。たまに砂糖なんぞを入れてみると、まるで別の飲み物になる。この粉を入れてお湯を入れるとき、写真の現像液を溶いているような気分になり飲む気がしなくなるときもあるが(笑)。 昔のあの頃は500円で幸せが買えた気がする。どうして幸せだったのだろうかと考えてみる。答えは簡単である。その500円に未来という時間がいつもセットになっていたからである。だから100円でも幸せが買えたのである。 今は、、、500円は500円の価値しかなくなった。そのまんまである。気がつけば、自分という人間もそのまんまになっている。 雪が毎日、毎日降り続くとどうも暗くなっていけない。こんなことばかり考えるようになる。今年も終わる。自分にとってこの一年は何だったのだろう。ふとそんなことを考えてみた。暗い一日である(笑)。
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