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2005/09/28(水) 手紙
 手紙というものを書くことがなくなった。郵政民営化、決まったようなものだが、手紙はダイレクトメ−ルと請求書以外はもらったことが最近はない。
 昔は文通というものがあった。雑誌で紹介されて、そこへ手紙をだす。知らない人と知りあいになって手紙のやり取りをする。そこにロマンがあった。しかし、最近はパソコン、携帯のメ−ルである。そういうサイトもあり、僕の娘などもやっている。
 ラブレタ−というものがなつかしい。高校生の頃もらったことは3度ばかりある。別にもてたわけではないが、ギタ−とかで歌っていると目立つので下級生の憧れみたいなものだったのだろう。もらうのはいいが返事に困った。どこの誰だかわからないのに返事もかけない。結局ごめんなさいという返事をしたような気がする。
 そういえばメ−ルといえば、一日に30件ばかり出会い系、アダルト系のメ−ルがくる。これには参ってしまう。あの手この手で送ってくる。ノ−トンのスパンに順次登録して一括削除しているが、敵もさるもの、微妙にアドレスを変えてくる。
 さて、手紙であるがまっさらな便箋が一冊机の上に上がっている。手紙を書くつもりはないが、メモ用紙代わりである。大事なものはすべてパソコンで作り印刷して出すし、手書きで何かを書くということはなくなった。
 昔、アリスの歌に「終止符」というのがあり、〜左利きのあなたの手紙、右手でそっとなでてみる〜という歌詞だった。陽水の歌にもあった「心もよう」という歌である。いずれにしても手紙にはそこに時間というものが介在した。その時間が大切であり、情緒があったのだろう。メ−ルにはまったくその情緒がない。同じ文字でありながら、それは会話と一緒である。「○○です。例の件、どうなったでしょう」いきなり用件である。それはそれでいいのだが、手紙のように相手を気遣うようなことはまるでなくなった。時代といえばそれまで、やさしさの微塵もない。


 


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