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2006/01/18(水) 壺の思い出
 チェリッシュというグル−プまだ二人組みになる前は、大編成のバンドだった。そのときの歌に「なのにあなたは京都へ行くの」という歌がある。京都が時代のトレンディだった。日本でベンチャ−ズが大流行していたときのこと。渚ゆう子という歌手が「京都の恋」なども歌っていた。
 その頃、僕は小学校5年生くらいだろうか。ギタ−を弾き始めた頃で、「禁じられた遊び」を必死で覚えていた。ガキのくせに時代というものなのだろう、一人前に京都に憧れていた。
 グル−プサウンズが廃れて、フォ−クが台頭してきていた。京都の流行と並行して関西フォ−クが始まった頃だろうか。岡林信康が時代の寵児としてもてはやされてきた。

 僕は古銭を集めていて、古い硬貨や紙幣に興味があった。この頃から何かを集めるのが好きだったのである。友人である同級生のNも古銭に興味があり、小学校の別棟にある誰もいない図書室へ忍び込んでは図鑑を開き古銭の項目のところを飽きもせず二人でながめていた。
 ある日Nと相談した。壺に二人の古銭を入れて土の中に埋めておこうという計画である。大人になったとき掘り出して、価格が高くなったときに売ろうというのだ。この計画に二人は夢中になった。場所はどこにするか、壺は何を使うか、そんなことで毎日が過ぎていった。やがて夏休みがやってきた。計画を実行するときがやってきたのだ。
 場所は通学路の途中にあるお稲荷様の小さい祠の床下。誰かに見られてはいけないので、夕方薄暗くなってから出かけた。50センチも掘ったろうか、そこへ用意しておいた古銭の入った口径20センチくらいの壺を自転車の荷台から下ろして埋めた。

 そのまま月日は流れた。僕達は中学生になった。古銭のことはもちろん忘れてはいない。ある日体育の授業が終わったとき、偶然、Nと二人だけになった。あの時の古銭を掘り出してみないかと僕は提案した。Nも大賛成である。決行日は明日の夕方。スコップ等は僕が持っていくことになった。
 2年前に埋めた場所は、目印のために大きな石が置いてあるはずである。お稲荷様の裏にまわり、目印の直径30センチほどの大きな石を探した。だがその石はなかった。建物の位置から大体の場所を掘り返してみた。スコップにコツンと何かがある音がした。僕達はわくわくしながら今度は手で土をかき出した。
 壺が姿を見せた。厳重にビニ−ル袋に包まれた壺は2年前のままだった。何重にもかぶせてあるビニ−ル袋をはずしてい、壺の蓋を取ってみた。
 中身はからっぽだった。何も入っていない。僕達は目を疑った。そんな馬鹿な。しばらくは僕は呆然としていた。次に2年の歳月の長さを追いかけてみた。あの夏の日が浮かんできた。次に頭に浮かんできたのは、裏切りという行為だった。僕達はののしりあった。僕達二人しか知らないはずなのである。僕ではない、僕が盗んだのではない。そのことははっきりしているのだ。他には友人のNしかいないではないか。
 これは後で聞いたことではあるが、Nもまた同じ事を考えていたらしい。僕は腹いせに、壺を元のように埋めるとNをそこにおいてさっさと自転車に乗って帰ってしまった。
 それからはNと絶交状態となった。中学2年生になるとクラス替えもありNと会うことも少なくなった。僕達はそのまま高校へ進学した。高校は別々だった。2年生になったとき、Nが高校を中退したと聞いた。理由はわからない。中退後、東京へ行ったという。

 それから僕達は会うこともなかったが、僕が結婚する少し前くらいにふらりとNが尋ねてきた。あまりのなつかしさに僕はNとビ−ルを飲んだ。彼は東京に行ってから土建業に携わり、その仕事の縁で今は京都に住んでいるという。いろいろな話がアルコ−ルの酔いも手伝ってか次々ととびだした。しかし、とうとう、あの古銭の話は出なかった。
 翌日は日曜日だった。昨晩約束したとおりに僕がNを海に連れて行った。働きづめだった彼は、海というものに縁がなく、ぜひ行ってみたいと言ったのだ。本格的な海水浴シ−ズンにはまだ少し早いのか人影もまばらである。僕はNのためにボ−トを借りた。Nは子供のように喜んでくれた。
 遊びつかれて、僕達は砂浜で肌を焼くことにした。柏崎の番神海岸からは、遠くに佐渡が見えていた。Nはふと思い出したように僕のほうに寝返りを打つと
「お稲荷さんの壺のことなんだけど、、」
と切り出した。僕はもうそんなことはどうでもいいと言ったが、彼はまじめな顔をして僕に言った。
「本当におまえは掘り出していなかったのか」
僕はびっくりしてNの顔を見た。長い間Nが掘り出したものとばかり思い続けていた僕は、しばらくは言葉が出なかった。
 結局あの古銭の入った壺は二人とも掘り出していなかったのだ。不思議なことだと思った。そして長い間、二人ともお互いに相手が盗んだんだと思い続けていたのである。

 今は、あのお稲荷様はもうない。ご本尊は集落の神社の隅に他の神様と一緒に祭られている。お稲荷様の祠のあった場所は今は住宅が建ち並んでいる。隣の空き地にはアパ−トが建ち、僕達がよく道草をした通学路にはアスファルトが敷き詰められている。あのアスファルトの下に、あの頃の僕達の足跡は残っているのだろうか。もしかしたら、空っぽの壺がまだ土の中に眠っているのかもしれない。


  


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