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2006/02/14(火)
グリス 1
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男は歩いていた、重くなりつつある足をひきずりつつ。男はロボットである。人間とまったくかわらない姿でまっすぐに歩いていく・・・・。
捨てられたのはいつだろう。新型のロボットが登場してから旧型ロボットの不法投棄が後をたたない。 このロボットの名前はCR73型である。CRW73型が女形ロボットであり、こちらは男のモデル。泥棒よけのロボットとしていつも玄関で待機させられていたのだが、センサ−の反応により指紋を判別、前科のある人間に対しては警告を発するようになっている。 ところで、この男型ロボットCR73は、新型へのモデルチェンジのために捨てられたのではない。ロボット保護法第73条、第3項のロボットリサイクル法で、正当な理由がない限り、ロボットを買い換えてはいけないという法律がある。つまり捨てられるロボットの大半は、正当な理由がないために捨てられたのである。 ではなぜ法律を犯してまで不法投棄をしたのか。これには理由がある。あろうことか主人の息子が前科者になってしまったからである。しかし近所にはそれを隠し続けなくてはいけない。ところがこのCR73型ロボットは息子が玄関に入ろうとするたびに警告を発し、攻撃体制に入る。これには家族が困ってしまった。 新型ロボットはプログラムに組み込まれた個別解除モ−ドで息子の指紋のデ−タを消すことができるが、旧型にはそれはない。 新型に買い換えればいいのだが、買い換えるには申請が必要である。ところがこの申請を出すための公的機関に隣の主人が勤めているのだ。つまり申請と同時に、隠し続けていた息子の前科が近所にもれてしまう。悪いことにお隣とはすこぶる仲が悪いときている。仕方なく不法投棄となったわけである。
ずいぶん遠くにきた。このまままっすぐに行くと海である。男はただ機械的に歩いているのだが、ときどき振りかえっている。何かを待っているようなそぶりをみせながら。 砂浜に来た。男にとって海風は体によくない。関節の部分より入り込んだ塩分があちこちの可動部を錆び付かせるからである。そうでなくとも玄関に立ちっぱなしだった男は、定期的な手入れもされずに何年もそのままだったからである。 男は波打ち際まで来ると、靴を脱いだ。そして後ろを振り返った。誰もいない。砂浜には浜茄子が咲いていた。そのそばに長い間捨てられたままになっていたのか、小型の人形ロボットがさび付いた顔をこちらに向けていた。 男は海に入ろうとしていた。右足を踏み出そうとするとグリスが切れたのかなかなか動いてくれない。 その時だった、男の体から警告ランプが発せられた。家族に危険が迫っているときに発する警告信号である。男はいきなり海と反対のほうに走り出した。グリスの切れた関節はグリグリとなった。今まで歩いてきた道を引き返し始めた。燃料電池はあとわずかしかない。
やがて男は主人の家に帰ると、文字通り機械的に家の間取りのデ−タを読み始めた。危険の迫っている部屋は5階の奥にある主人の寝室である。エレペ−タ−のプログラムを強制モ−ド、部屋にたどり着くと、そこは血の海だった。 手前に主人が血まみれになって倒れていた。息子はナイフを持ったまま母親に迫ろうとしている。
「た、助けて・・・。私たちが悪かったわ。あなたを隠そうとして、結果的にあなたの心を傷つけてしまったわ」
「黙れ、クソハバア、いつも親父がいっていたよなぁ、俺は家族の恥だと。ちょっと万引きをやっただけで前科者だって?冗談じゃない、あれは盗もうとしたのじゃない、店頭の品物も買いたくてちょっと店の外に出ただけじゃないか。たったそれだけで事情も聞かず、ガ−ドマンロボットは俺を押さえつけた。そしてたちまち前科者だ。何もかもデジタルとロボットで埋め尽くして、この社会に人間の感情はないのかよ」
男は息子のナイフを奪おうとした。が、体がいうことをきかない。グリスだ。完全にグリスが切れている。 息子はCR73型を見ると 「なんだ、このポンコツロボット、いつもいつも俺を前科者として警告を発しやがって、捨てられたんじゃないのか」 男はまるで動かなくなった足関節をギィギィといわせたが、だめである。動こうとはしない。 息子は母親をナイフで刺そうとした、その瞬間息子の手が何かに押さえつけられた。CR73型である。
======翌日につづく======
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