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2006/03/11(土)
アスファルト 11
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あれから一年が過ぎた。男は唯一の財産であるマンションを売り払い、それを生活費として暮らしていた。バブル全盛時代に買ったマンションなので、売値は買ったときの5分の1にもならなかったが、それでも2年くらいは贅沢をしなければ生活できた。
写真を必要とする証明書などの更新はすべてできなくなったため、更新時期がくるたびに失効となっていった。マンションから家賃月に5万円の一間のアパ−トに移り、生活は質素となった。それでも生活費だけはなんとか稼ぎださなくてはと、短期の工事現場にいっては働いた。
男は恐れていた。自分の肖像権、つまり自分の顔写真がどういう使われ方をされているかを。当然犯罪の時に利用されることを特に恐れた。しかしこの一年間、何事も起こらずに済んでいた。逆にそのことが一層不安感を増していたともいえる。
男は食後に時々吐き気がするようになっていた。悪い病気でなければいいがと心配はしてはみるが、病院に行って検査してもらう気もおきなかった。極度の精神不安と不眠症が男をますます衰弱させた。70Kgもあった男の体重は今は50Kgほどしかなかった。それでも男は仕事があるたびに労働に出かけた。
男はよく鏡を見た。もしかしたら写真だけではなく自分の顔も、のっぺらぼうになっているのではないかと思っていたからである。しかし、そのたびに鏡は男の顔をそのまま映しだした。男はそのことで安心すると少しは眠ることができた。
つづく
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