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2006/04/12(水) 生と死
 チンタは日に日に弱っていく。生きているものには必ず死がある。このことはまぎれもない事実である。しかし、多くの人は眼をそむける。忌まわしいものとして片付ける。
 このことに真っ向から立ち向っていったのが宗教であろう。仏教はそのことを一番真剣に考えていたのだろう。死後の世界の仮説、輪廻転生、地獄と極楽。世のすべてを無常と考え、無欲であることを理想として生きることを選んだ。色即是空、空即是色という言葉は仏教の基本的な集約である。
 だから、力強く生きよと教えるのもまた仏教ではある。しかし、日本の仏教はあまりにも葬式行事に力を入れすぎた。その結果葬式仏教と陰口をたたかれるようになった。
 しかもお寺ほど貪欲である。旅館関係に勤めている人ならわかると思うが、宴会で一番乱れる職業は、お寺、教師、公務員だそうである。禁欲、手本、品性などを当たり前とする職業ほどだめだそうである。
 
 チンタの死を間近に迎えて、死とは何かを改めて考えてしまった。動物も人間もそれはまったく同じである。今まで活動していたものが突然活動しなくなる。それはただの腐敗していくべき有機物である。そのままにしておけば、やがて腐り、うじがわき異臭を放ち、微生物により分解されていくのだ。

 この命とは何なんだろう。学校の解剖、生理学で心臓のことを学んだ。その心臓の法則に「全か無かの法則」というものがある。動くか、止まるかである。動いているときが生、止まってしまったときが死である。
 それではこれを動かしているエネルギ−とはどこから供給されているのだろうか。死んで、また別の生き物が生まれてくるのはどういうことなのだろう、ここから輪廻転生ということを考えたのだろう。そしてそのエネルギ−をつかさどるものを神と考えたのがユダヤ、キリスト教ではないだろうか。

 生きる、この言葉には深い意味がある。野良猫でも生きる権利がある。ゴキブリにも生きる権利がある。しかしその権利は永遠には続かない。まさに無常である。



 


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