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2006/08/13(日)
やぐら立て
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地区の公民館委員なので、早朝の6時よりお盆と祭りのためのやぐら立てに借り出される。ボルトとナットで、紅白に塗った角材を組んで立てるのだが、こんなもの立てても、誰も盆踊りをするわけではない。形だけである。 公民館のスピ−カ−で音楽を流せば、うるさいといって苦情が来る始末だし、まったく情緒がなくなった。 作業をしている最中に誰かが言った。 「こんなでかいやぐらより、昔の小さい灯篭がぽつんと真ん中にあったほうが情緒があったよなぁ・・」と。 そのとおりである。効率化して要領よくすればするほど情緒がなくなる。形だけである。本当に形だけ。すべてがこうなってしまった。中身がまるでない。なんて馬鹿な世の中なのだろう。 普通は朝っぱらにこれだけの仕事をしたのだから、少しは充実感があってもいいのだが、自宅に帰り、コ−ヒ−をすすっていると、なぜかむなしさだけを感じてしまう。
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