健太郎の生き様
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2005/07/23(土) スネアの音色 C
次に、ヘッドの選択だった。表裏の組み合わせを考えると、とんでもない数のパターンが出来る。
いろいろなメーカーのヘッドを試した。
ヘッド購入代金で別のスネアが1台買える位試してみた。その中で感じたのは、結局スネアの音色を決定付けるのはヘッドだと感じた。なぜなら、表につけるヘッドで1台のスネアが実にさまざまな音色に豹変したからだ。
いろいろなヘッドを使いながらも、満足できないでいる自分がいた。
そんな時、長崎のBe−7の吉村さんが一言ぼやいてくれた。
『ドラマーっていろいろ変わったヘッドを試したがるんだけど、結局うちらが音をPAで作りやすく音も良いヘッドって一番スタンダードなものになってしまうんよね。コーテッドだったらアンバサダーだし、クリアだったらCSやピンストになってくるんよね』
その時、目からウロコが落ちました。
そして、早速ピンストを購入し張って使ってみたところ、スネア本来の音が実に素直に鳴ってくれて、サスティーンも実に素直でした。吉村さんありがとうございます。

2005/07/22(金) スネアの音色 B
スネアの音色の基本路線を決めるのが、スネアの材質、また構造である。
金属系か木質系か?
金属もさまざまな種類があり、その金属の割合や種類によって全く異なる音色になる。
木質系も基本はメイプルだが、やはり種類があり、木質の場合、プライ数によって音も違うだろう。
構造によっても違う。ラグの数や形、フープの材質で大きく違ってくるだろう。

僕らアマチュアドラマーが全部の種類を試すのは無理である。
結局、プロが使っている機材を参考にしたり、実際、ライブハウスで他のミュージシャンが使っているのを見て、これは良い、これは好きではないというのを判断していくしかない。

そして、僕はとにかく音量が稼げるタマのラーズモデルにした。
別にラーズが好きだったわけではない。とにかく現行出ているモデルで一番大きな音と言われているスネアが欲しかったからだ。
なぜなら、その前使っていたモデルがあまりにも音が前に出てこなかったからだ。

2005/07/21(木) スネアの音色 A
ある実際お会いしたプロの方に聞いてみた。
チューニングってどうですか?
『毎日、ライブやってるとついつい毎日締めていってしまって最終的に締めすぎる状態になってしまう。だから、最終的にある程度張りめの状態が保てる様にしてるだけ』
ようはいい加減な答えだったが、最終的に自分もいろいろ試行錯誤してみて最終的にそこに落ち着くような気がする。

2005/07/20(水) スネアの音色
いろいろ悩むところです。

まず、音色を決める重要な要因を順番に上げると
@スネアの材質(かなり種類有り)
Aスネアの構造(結構種類有り)
Bスネアヘッド(まあまあ種類有り)
Cスナッピー(種類有り)
Dチューニング(一応スタンダードはあるがプロによって千差万別)

ってところか。

2005/07/19(火) THE Pillows
5年位前友達に教えてもらってから、聴き始めた。POPなロックバンド。
とにかく歌詞が好きだ。ひねくれた、ひがんだ、ゆがんだ感情って感じの歌詞が多いです。
今、日本のバンドでは一番好きです。ハイブリットレインボウが好き。ストレンジカメレオンも好き。
ハイブリットレインボウの『ここはまだ途中なんだって信じたい』って歌詞が好き。

2005/07/18(月) レッドホットチリペッパーズ
レッチリは昔よくコピーしていて、ライブでよく演奏していた。
演奏している時は、自分ではかなりファンキーに演奏しているつもりで、自分的にはかなりノリノリだったりする。
しかし、ライブ後、自分の演奏を聴きなおしてみると、自分が感じていたよりもかなり走っていて、
どっしり感がなく、うすっぺらいモノになっていた。一番、影響を受けたドラマーがレッチリのチャドスミスです。
GOMYWAYの大きなシンプルなノリの所は自分的にはチャドを意識して、ニュアンスを出しているつもりです。
誓い手はブレイキング・ザ・ガールを意識して叩いてます。まあ、本人が出来る範囲でなりきって叩いているだけの話ですが・・・・

2005/07/17(日) ニルバーナ
僕が一番影響を受けたバンドかもしれない。
ニルバーナに出会うまでの、自分の中での最強バンドはボウイ(日本の)だった。
主に歌詞やメロディーを聞いていた僕は、洋楽はいまいちよくわからない世界だった。
それが、ニルバーナに出会って、180度世界が変わった。
ニルバーナのライブビデオは腐るほど見た。
カート・コバーンの存在感や迫力に圧倒されていた。かっこつけず、こびず、飾らず、淡々と魂を込めて演奏するその姿をかっこいいと思った。
それから、洋楽を聴き始めた。

2005/07/16(土) 心の旅
仕事場のお店の従業員休憩室にあだち充の『H2』があってついつい読んでしまった。
ワンパターンとわかっていながら、ストーリー以前に登場人物さえもワンパターンだとわかっていながら、ついついついついついつい読んでしまった。

結果。。。。極端なはまり読み。。。

何で、あだち充の主人公はいつもいつも自分の去り際・引き際をああもかっこ良く演出できるのか?所詮マンガ!!だとは思うが、毎回毎回同じパターンでかっこよく去られると、自分がみっともなくなってくる。
自分なんて、いろんなものに未練や後悔がベッタリくっついていて煩悩の塊であります。

そんな時、口ずさんでしまう。チューリップの『心の旅』であります。

2005/07/15(金) 次の記憶
幼稚園は奄美だった。ハイビスカスが綺麗だった。
海が綺麗だった。

やはりそこでもヤマハに通わさせられた。次はエレクトーンだった。

よく海で遊んだ。海で大好きだったウルトラマンの靴を波にさらわれて泣いて帰った記憶がある。

奄美の人は、とてもいい人たちだったのか?いろんな友達の家で遊んだ記憶がある。

近所のスーパーでメロンの形をしたアイスを万引きして、親にこっ酷く怒られた記憶がある。

2005/07/14(木) 僕の記憶
小さい頃の最初の記憶は、オルガン教室。大きなお姉さんやお兄さんに混じって重たい鍵盤を押していた。
正直、習わされていたという感じで嫌々ながら通っていたイメージである。

そこは、今もある小汚い市営住宅でそこの1階が教室になっていた。
うちはその目の前の部屋に住んでいた。

そこの市営住宅のイメージは毛虫のイメージである。
やたらと大きな木から毛虫が落ちてきた。

あと、近所の女の子と御まま事をした記憶がある。
近所においしいお好み焼きやがあったので、いつも女の子と泥んこでお好み焼きを作っていた。

身長が低かったので、同世代の男の子には相手にされなかったのである。

ハマつきの自転車を必死に漕いで同世代の男の子について行こうとしては、置いてけぼりにあい、
女の子に慰められながら、泥んこの団子を作っていた記憶がある。

7月絵日記の続き


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