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2004/06/13(日)
匂いの記憶
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夕暮時はいつも九州に行った時の匂いがする。この時期は特にそうだ。 最初に九州に行ったのは5年くらい前、大阪に行った足でそのまま九州に行ったんだ。岩だらけの海岸っ縁に座って夕日に照らされた赤い岸壁をあの人とぼんやり眺めた。頭の中には椎名林檎の「茜さす帰路照らされど…」が脳内エンドレスだったのだけど、その帰り道、実際車の中で聴いたのはジプシーキングスだった。 2回目に行った時は屋根裏みたいな部屋であれから1年も経ったんとね、と話をし、せっかくの休みなのにどこ行くとね!?と問い詰める彼女を言い包めるのが大変だった、とあの人は言ってアタシも横浜に帰ってきたら何故か九州に行ったことが彼氏にバレて、でも何だか知らないうちに許されていた。 3回目だけは冬だった。会った瞬間、耳元で深い溜息をついて、あぁいい匂いがするとね、と笑いながら言った。だってアナタを誘ってるんだもん、とアタシも笑いながら言ったのにあの人は物凄く悲しそうな目をした。笑い飛ばせばいいのに、バカな男。とアタシまで何だか悲しくなった。 それから間もなくあの人は結婚し、アタシはというと長年付き合っていた男が渡米し、大っぴらに言えないような荒んだ生活を何とか送っていた時に思い出したように九州に行った。別にあの人に会えなくてもよかったのだが、わざわざ時間を作って会ってくれた。最後に会った時から2年以上経っていたのに、待ち合わせ場所で手を振っている立ち姿は間違いなくあの人だった。 キミは全然変わらんとね、とあの人は言ったけどアタシは確実に荒んでいたし自分で思っていたより汚れていた。 一緒にいるときは楽しかったけど、次の日子供が熱を出したので会いに行けないなどと見え透いた嘘を吐かれた時はさすがに引いた。本当のところは知る由もない。本当に子供が熱を出したのかもしれないがアタシはあの人の肩につけた歯形がバレてしまえばいいと思った。 それから1ヵ月後、あの人にメルした。小細工をしないではっきり行きたくない旨を伝えてほしかった。でもアナタがどんなに狡くともアナタが色々なレコードを繋いで作ってくれたカセットテープは今ではMDに落とし、素晴らしいものには変わりない、と。 返事はこなかった。アタシも色々あってあの人の存在を忘れかけていたがつい最近、突然メルがあった。 2月にお父様が急逝し店をたたんだ、という。4月から数年ぶりのサラリーマンをやっちょります、と。 お父様とは3回目に行った時に一緒に食事をした。息子が横浜にいた時、ライブをやっていたバーでバイトしていたとはいえ、一人で九州にやってきて家に泊まっていく小娘をさぞかし訝しがっていたことだろう。しかしそんな素振りは微塵も見せず、死んだ奥さんとの思い出を嬉々として延々とアタシに話していた。 何だか猛烈にあの人に会いたかった。でもそれはあの人のことが好きとか抱き締めて欲しいとかそんなんではなく、ただその時夕暮の匂いが愛しいほどに漂っていたからだ。 あの人に電話をかけようとしたが止めた。アタシはあの人が作ってくれたMDを聴きながらぼんやりと窓の外を眺めながらタバコを吸った。
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