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2008/03/01(土)
えりまわしで回ってきた仕事
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「ただいまー」男の子が帰ってくる。 どこの子だろう。「おかえりー」
黒いランドセルに白い巾着袋とバレーボールをぶらさげている。めがねをかけていてふくふくとしていて目がつり上がっていて全体的にバレーボールが似合わない、小学3年生ぐらいの男の子。
夕暮れ時。ここはわたしの家だとそろそろ話さなきゃ、そう思っているとずかずかずか急ぎ足で入ってくる人たち。
ざっと5、6人のバレーボールユニフォームを着た男の人たちが玄関からずしずしと入ってきて、大きい声で男の子を呼んでいる。男の子を迎えにきたらしい。
バレーボールユニフォーム姿の男の人たちの中にバレーボール部の美和ちゃんがいて話をする。 「ひさしぶり」だとか「前はね、ここの一室をバレーボール部が部室に使ってたんだよ」とか。「だから、男の子まちがえてきちゃったんだね」といったような。
みなさんが玄関をぞろぞろと出て行くので、マンションの下までお送りしようと一緒にエレベーターへ乗り込む。 その中の男の人が密度にまぎれたわたしの右手を握りはじめる。
誰だと顔をさぐる。ひとりだけこっちを見る顔があり、みたことがあるようなみたことがないような髪形と背の高さをしていた。手から生気を抜くことだけがわたしにできることだったけれど。
下に着くと、西武カラーのバスがマンションに横付けされている。 急いでたんだね、バスに乗り込むバレーボール団のみなさんに手を振る。 「女性はあちらになります」
乗り込もうとしている美和ちゃんがバスガイドさんに止めらている。 「…あちら?」そんな話し声がきこえてきたので、美和ちゃんにはっきりと聞き取りに行こうと近寄る。すると美和ちゃんがそのことについて鉄砲玉のように話し始めたのであいづちを打ちながら座る。
「ところで美和ちゃん、ここはどこ?」
なんだか暗く、狭そうな空間に自分がいると気づいたわたしはバスに乗り込んじゃったのかと諦め半分にたずねると「もうそろそろ来るからちからいっぱい構えて!」と、美和ちゃんが声を張り上げるのでとっさに身を固めた。 あ、これは…トンネルにでもはいったのかな、それの5倍はかるくある圧だ。圧がちぢむ。トンネルの5倍は…自覚的でない声がよじれる。5倍は…空間ごと詰まっていき、前髪を、身動きを、何層にも巻き込んで繰り返す、くらが
「美和ちゃんいまのいったいなに?このバスどこで停まることになってるの?家の戸もあけっぱなしだし、財布も持ってきてないし連絡も猫が…」 「次からはね、頻繁に来るよ」
「美和ちゃん、ここはいったいバスのどこなのっ」
こわばったまま解けないわたしの身体に美和ちゃんが話かけている。 「もうすぐバスが停まるところだよ」
降りなきゃ。ここまでどうやって迎えにきてもらおう。こんな辺鄙なところに。 人がいたらまだいい状況だと首を持ち上げあたりを見回すと、月のあかりがいつもの夜を知らせてくれていた。
景色が、見覚えのある道路が目にうつる。知ってる。近い、家まで歩いて帰れる距離。ぐったりとしたわたしを立ち上げ、道路へ放り立つ固い身体に美和ちゃんは、なにもなかったようなほほえみをして、道の駅の売店へ行くといい手を振って別れていった。
わたしは、そのぐったりをかかえ家路を急ぐ。痛い。ずきずきする。あれはいったいバスのどこだったんだろう。美和ちゃんけっきょくおしえてくれなかった。痛い。ひりひりする。なんだったんだろう。あれはバスの大きな荷物を入れるところだと思うんだけど。
マンションの前に着き、肩で息を吐き階段を上っていくと猫が二階まで出てきていた。跳びはねる猫をかかえて玄関まで帰ってくると、のりちゃんが訪ねてきている。
「わっ、のりちゃんどうしたの?」 「あのね、えりまわしで仕事をまわしたの。それでね、」 「なんの仕事?仕事らしいことなにもしてないのに、あれのどこが仕事だというの?終始まるまっていただけだよ!」
のりちゃんがなにか説明をしているけど、痛くて遠くてぜんぜん聞こえない。 なんだか申し訳なさそうにしていたけど、またね。痛いんだ。 手を挙げて別れた。
あかるい居間を通り過ぎ、部屋に入っていちばん痛むひざまであてがわれているアームウォーマーをめくる。 白いさらさらがこぼれ落ちる。生傷なんていつついたのだろう。すり傷から切り傷からその膝頭一面にたくさんの砂が付着していた。
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