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2008/03/18(火)
おもちゃの地図、あるいはひとつの境界標
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(<極秘>は無人島ですらなかったなんて!)
ルイス・ファン スヴァーイ&ジーン クレアの『あなたを見つけるこころの世界地図』の図法は《主観投影図法》。縮尺は《想像不可能尺》。経緯は12ヶ月であらわされていているような地図で、ようできたあるんです。
たとえば、<意外な事実>と<関連>は鉄路で結ばれているのですが、<意外な事実>から<関連>を通るときは<連想>経由の<側線>になっていて、<関連>から<意外な事実>を通るときは<思索>経由の<脱線>になっています。<意外な事実> <関連>間は、道路でも通えるようになっていて、その場合、<きざし>と<仮説>を通過するようです。おもしろい。
考え込んでしまうのは、主観や経験や概念や感情や日常をあらわすこの地図なかに<家> <裏庭> <退屈> <墓地> <不在> <机> <抱擁> <命令> <弱い> <散歩> <神話> <特性> <空模様> <もうひとつのチャン ス> <変化中の駅> <流し目を送る> <時間> <外国> <永遠> <源> <指先> <ランデヴ> <いつものこと>、などなどは載っているのに<束の間>や<窓>や<わたし>や<場所>や<本>や<光>や<手帳>や<夢>や<趣味>や<透明>や<不図>や<合図>や<祈り>や<サイズ>や<星>や<分類>などは載っていないのです。
いくつかのものは、地図に載らないほどのサイズなのかもしれないし、森や砂漠や境界線や建造物やそのへんやあのへんの湖に隠れているのかもしれない。別名で載っているのかもしれないし、焦点が合わない眼鏡をかけているような状況なのかもしれない。それに、画きこんでいってこその地図という付き合い方もあるのだろうけれど、ちがうんだ。(おお、<ちがう>が載ってる)
古い単語なのに。 <現在>や<あの世>、<あっち>や<こっち>、<ここ>や<あちら>は載っているのにってさがした。
<ワインをもっと!>や<日曜日>が載っているなら<ナイトキャップ>や<自転車上>が載ってもいいよね…なんて思うところどうし、楽しいんですけれど。
(<秘密>は島になっています。)
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