【青春交差点】
 
いつもどんなときも。ぼくはぼくらしく。
 
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2004年6月
前の月 次の月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
最新の絵日記ダイジェスト
2006/05/28 チョー重大なお知らせ
2006/05/27 しまなみ海道5 ―楠の神木―
2006/05/26 しまなみ海道4 ―台海岸―
2006/05/25 しまなみ海道3 ―しあわせの鐘―
2006/05/24 しまなみ海道2 ―多々羅大橋―

直接移動: 20065 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200412 11 10 9 8 7 6 5 月 

2004/06/07(月) 少年時代Part1
 
晴れのち曇りのち雨のち曇りという移り気な天気だったが、とりあえず曇りということにしておこう。
ラッキーなことに、宅急便の夜配が休みになった!
おかげさまで「小6女児殺人事件」の評論を“ほぼ”書き終えることができた。
そのなかで『正しい愛情』という話(9日に発表予定)を書いていて、ふと自分自身の少年時代を思い出した。

小学3年〜4年の頃、ぼくは体が小さくて弱虫だった。
今も変わってないけど…。
近所の同級生に耳をかまれて泣かされたり、集団登校のときには、毎日のように上級生のカバンを何個も持たされた記憶がある。
結構イジメられていたんだ。

帰宅してからは、毎日ボールが見えなくなるまで野球に明け暮れた。
集まってくるのはたいてい9人。
リーダー格の6年生2人がじゃんけんをして、勝ったほうから交互に好きな子どもを選んでゆく。
ぼくはヘタクソだったから、どちらからも指名されなかった。
その代わり、両方のチームでピッチャーをした。
が、決して名誉なことじゃない。
人数が少ないから三角ベースの野球で、ストライク・ボールの判定もないから、ぼくはバッターが打ってくれるまで投げ続けなければならない。
要するに、両方のチームのバッティング投手であって、打席に入ることは一度もなかった。

続きは、また明日
 


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.