|
2005/01/15(土)
遥かなるジイちゃん≪中編≫
|
|
|
1995年10月2日未明、ジイちゃんは73歳で死んだ。 それは、朝晩少しずつ冷えてきて、そろそろ村中が秋祭り気分に浮かれ出す直前のことだった。 誰にも看取られることなく、あまり人通りのない路地裏。 ジイちゃんが細い電柱に寄りかかるようにして倒れていたところを、朝早く通りがかった近所のオバさんが発見して知らせてきたそうだ。 死因は急性心不全だった。
その日、何も知らないぼくは、いつもと変わりなく電車で登校した。 当時は、いまのように高校生が普通にケータイを持つなんて想像もできない時代だった。 貧しい家庭の子だったぼくには、大流行していたポケベルさえ持たせてもらえなかった。 学校へ着くなり先生から呼び出されて、「おジイさんが亡くなられたそうだから、すぐ帰宅しなさい」と言われ、いま来たばかりの道を全力で駅まで走った。
ぼくがジイちゃんの家に着いたときには、すでに親族のほとんどが揃っていた。 「ゆう坊、あんたを一番かわいがってくれたジイちゃんを見送っておやり」 と、誰かが言った。 ジイちゃんは路上で死んだとは思えないほど、キレイで穏やかな顔をしていた。 無念さも恨みも感じさせない顔だった。
ぼくはすっかり冷たくなったジイちゃんの胸に顔をうずめ、長いこと泣きじゃくった。 「ジイちゃん、なんで死んじまったんだよ〜」 「ぼくはこれからどうしたらいいの?」
ぼくの両親は夫婦仲が悪くて、毎晩のようにケンカをしていた。 そのたびにぼくは、すぐ近所のジイちゃんの家まで裸足で駆けて行ったことを覚えている。 「ジイちゃん、ジイちゃん、とうちゃんとかあちゃんがケンカしてるから、早くやめさせてよ」 ジイちゃんは、泣きながら訴えるぼくの頭をいつも優しくなでてくれた。 「よしよし、ゆう坊、泣かんでもええ。ジイちゃんが行って怒ってやるけんのう!」 ぼくを抱いてさっそうと歩くジイちゃんの横顔を、何度カッコいいと思ったことだろう。
「こら!おまえら、ええ加減にせんかいっ!」 実際にジイちゃんがすごい剣幕で現れると、とうちゃんとかあちゃんは借りてきた猫みたいにおとなしくなり、ケンカはすぐに収まった。
ぼくがこの世に生まれ、生きていること、成長してゆくことを1000%の愛情で見守ってくれたジイちゃん。 そのジイちゃんは、ぼくの両親の結婚生活を辛うじてつなぎ止めていたクサビ≠ナもあった。 ジイちゃんが死んでからわずか1ヶ月半後の11月14日、かあちゃんが家出をして、そのまま離婚。 ぼくはひとりで生きてゆく道を選んだ。
「ぼくはこれからどうしたらいいの?」 ジイちゃんの遺体にすがって泣いたのは、なんとなくイヤな予感がしていたからだ。
≪続く≫
|
|
|