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2005/11/12(土)
壊れた筆入れ
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小学校に入学するとき、アンパンマンの筆入れを買ってもらった。 プラスチックの止め金を押すとフタが開いて鉛筆を取り出すことができた。 両開きの両面プリントで、子どもの筆入れとしてはけっこう高級だったと思う。 他の子が持っていた筆入れと比較しても、みすぼらしいとゆうことは絶対になかった。
月日は流れ、ぼくは小学5年生になった。 高級だった筆入れもさすがに痛んでいた。 アンパンマンの絵は色あせ、プラスチックの止め金が折れて自力ではフタが閉まらなくなっていた。 仕方がないから、ぼくはかあちゃんが使っていた髪を括る太いゴムをもらい、それでフタを固定した。 その頃クラスメートは既にみんなが新しい筆入れを買ってもらっていた。 その中にはこれ見よがしに「どうだ」と言って、新しい筆入れをひけらかす者もいた。 でも、ぼくは欲しいとは思わなかった。
小学5年ともなれば、自分の家が人一倍貧乏であることぐらいはわかる。 筆入れなど千円前後のものだから、いくら貧乏な親でも本気でねだればなんとかなっただろう。 しかし、ぼくが新しい筆入れを欲しがらなかったのは、そうゆう卑屈な理由によるものではない。 じいちゃんに買ってもらった大切な宝物だったからだ。 筆入れに限らず、ランドセルなどの学用品や鉛筆削りとか下敷きなどの文房具は全てそうだった。
小5のある日、近くの席にいた金持ちの息子がぼくに「筆入れをやるよ」と言って、自分の使い古しを持ってきた。 パッと見たところ、ぼくの筆入れよりはずいぶん新しかった。 だが、ぼくは素気なく「いらないよ」と答えた。 金持ちの子はそれが気に入らなかったようだ。 「ゆうやの家は貧乏やけん、筆入れも買ってもらえんのやろが」と悪態をついてきた。 「ちがわい!これは大事なもんなんじゃ!ボロボロやけど大事なんや」 頭にきたぼくは夢中で叫んだ。
本当は泣きたいぐらい悔しかったけど、学校で泣いたらカッコ悪いと思って何とか我慢をした。 家に帰りひとりの部屋で泣いていると、じいちゃんがやってきた。 「ゆう坊、どうしたんや?」 じいちゃんはやさしく背中をさすってくれた。 「あんね、筆入れがボロやゆうて・・・クラスのやつにバカにされたんよ」 ぼくはその日の出来事をじいちゃんに打ち明けた。
「ゆう坊をバカにしたんは誰や?家は近いんか?」 じいちゃんの顔が別人のように険しくなった。 それから十分後には、じいちゃんはぼくを連れて金持ちの家に怒鳴りこんだ。 これぞ電光石火!胸のすくような速攻だった。
奇襲を受けた金持ちの家では、母親が出てきて最初は「ハア?」と迷惑そうな感じだったが、呼び出したわが子が暴言した事実を認めると素直に謝罪をしてくれた。 「今後そのような失礼なことは絶対にさせません」と。
その後ぼくはアンパンマンの筆入れを小学校卒業の日まで使い続けた。 大事にとっておくつもりだったが、何回か引越するうちに行方不明になってしまった。 他の不要な物と一緒にして捨ててしまったのだろう。 もったいないことをしてしまった。
月に一回だけ通う病院の待合室でアンパンマンの絵本を見かけるたび、じいちゃんが買ってくれた筆入れのことを思い出す。 11月は昨日がその日だった。
いつかぼくにも子どもができたら、精一杯過保護に育てようと思う。 それは何でも買い与えることではなく、何があっても親が守ってくれるとゆう安心感を持たせてあげたいからだ。 人として間違ったことをしてしまったら、素直に謝らなければいけないことを教えるためでもある。 それと、大切な思い出になる物はとっておいてやろうかな。
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