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2005/12/17(土)
雪に埋もれた世界記録
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今日の仕事はやることなすこと全てバッチリ! これぞツボにハマったって感じで、昨日の絶不調がウソのような絶好調だった。 そして、たぶん永遠不滅となるであろう配達個数の大記録を樹立!
こんなことってホントにあるんだよな。 ぼくは有頂天だった。 やっと仕事が終わりに近づいた頃、一本の電話がかかってくるまでは・・・。
時刻は夜9時を4、5分過ぎていた。 ぼくが唯一尊敬している篠森先輩から一本の電話が入った。 「ゆうや!2丁目の岸部さんの荷物持ってるか?8時23分に到着確認のメールが入っていたんだけど、気づかなかったんだ。ゴメン」 篠森先輩の声は暗い反省の色に沈んでいたけど、ぼくは冷静に答えた。 「持ってますよ。岸部さんとこは4時半頃に一回行ったんですよ。不在票も書いたんですけど、なんか変ですね」 すると、ケータイを通して聞こえてくる篠森先輩の声がさらに深刻になった。 「それがさー、さっきセンターから電話があって、30分も回答せずにほったらかしにしたって怒っているらしいんだよ。先方は不在票を見てないんじゃないか?」 でも、ぼくには自信があった。 強い北風に飛ばされぬよう、ドアの隙間にしっかり挟み込んでおいたのだ。 「そうかも知れないですね。じゃあ、ぼくのほうから電話を入れてみます」 「相当ブチ切れてるそうだから気をつけろよ」 「はい」
そのときぼくは、岸部邸付近のマンションの駐車場にいた。 フロントガラスの向こう側には、四国の平野部としては珍しく雪が激しく降っていた。 降り始めからまだあまり時間が経っていないのに、近くに止めてあるクルマには白い雪が薄く積もっていた。 ぼくは岸部五朗宛ての荷物の伝票を取り出し、電話をかけてみた。 10コール鳴らしたけど取ってくれないのでもう切ろうかなと思ったとき、奥さんが出た。 ぼくは普段あまり使わない丁寧な言葉で、しかも慣れない敬語で、一度は訪問していることと、30分間連絡なしで放置した経緯を説明した。 「今すぐそちらに向かいます」 この一言もしっかり伝えた。
どうやら奥さんは事情を理解してくれたけど、ダンナが横で怒鳴っているのが聞こえてきた。 「電話をよこせ!」 「もういいじゃない」 ケータイの向こうでそんな押し問答があった後、ダンナが電話を取り上げた。 「おまえは誰や?」 いきなり失礼な言い方をするヤツ、常識のないオッサンだなと思った。 「この区域の配達を担当している前田っていいます。ご迷惑をかけているようで申し訳ありません」 ぼくは念のためにもう一度謝った。 「30分以上も連絡がなかったんはどしてや?わしをナメとんか!」 心でため息を吐きながら、ぼくはまた一から経緯を説明した。 岸部五朗はそれを黙って聞いていた。 てっきり納得してくれていたものだとばかり思っていたら、最後にぼくを疲れさせる一言・・・。 「で・・・?」 必死に説明したのに、小ばかにしきったこの短い言葉・・・ホント頭にきた。 「とにかく今すぐ行きますから」 ぼくがそう言うと、ガシャっと音を立てて電話をブチ切られた。
それからのぼくの行動は素早かった。 2分後には岸部五朗の家の前に立っていたのだから。 インターホンがないので、ドアをコンコンと2回ノックした。 「岸部さん!卓Q便です」 が、出てきてくれないので、それを3回繰り返した。 ダメだこりゃと思って諦めかけたとき、突然ドアが開いた。 そこには180センチ以上はありそうな大きな男が立っていた。
「何しに来た?」 両手を腰にやり仁王立ちしていた男こそが、岸部五朗だった。 「遅くなってすいません。お荷物を届けに来ました」 ビミョーに引きつった笑顔の自分が惨めだったけど、荷物を受け取ってもらえると思っていた。 しかし・・・。 「受け取らん」 岸部五朗はこう言い放った。
オッサンYO! 40代半ばだと思うけど、いい年していつまでダダをこねるつもりなんだ? それにしても困ってしまった。
さっきまで降り止んでいた雪がまた降り始め、ぼくと怒れるオッサンの間の冷やかな空気がどんどん凍りついてゆく。 荷物はパソコン本体だった。 雪で濡れるとやばい品物だから軽トラの荷台に入れた。 振り向きざま、ぼくはもう一度確認した。 「荷物の受け取りを拒否されるとゆうことですか?」 岸部五朗が答えた。 「そうや。いらん」 そう短く言うとバタンとドアを閉め、中から大げさにロックする音が聞こえた。
ぼくは慌ててドアをノックし、大きな声をかけた。 「岸部さん!ホントに受け取ってもらえないんですか?」 当然のことながら返事などなかった。
吐く息は白く、それ以上に白い雪が肩に降り積もってきた。 ぼくは諦めてクルマに向かう途中、一度だけ振り返った。 固く閉ざされたドアは簡単には開きそうになかった。
岸部五朗が大人気ないのか、それともぼくの接客態度が悪いのか? お客様第一主義を貫く会社では、たぶん後者になるんだろう。 ぼくの言い分なんて闇に葬られてしまうんだろうな。 あーあ、ぼくの中では去年イチローが打ちたてた世界記録並みの大活躍だったのに・・・。 岸部五朗のおかげですっかり雪に埋もれちまったじゃねーか。
ちなみに、なぜ岸部五朗なのかとゆうと、岸部シローと岸谷五朗を足して3で割ったような顔をしているからだ。 そして、2で割らないところに、ぼくの精一杯の悪意がこめられている。
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