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2005/12/26(月)
クリスマス☆プレゼント
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これはクリスマスの日の出来事だ。
太陽が西の山陰に沈み、空には薄水色の残光がかろうじて残る冬の夕暮れどき。 ぼくは化粧品がどっさり入ったきれいな箱を抱え、古い大きな屋敷の門の前に立った。 呼び鈴を2回鳴らしたけれど、家の中から返事はなかった。 不在連絡票を書いて帰ろうかとも思ったけど、いつものクセで門の引き戸に手をかけ、ほんの僅かだけ力を伝えてみた。 すると、鍵がかけられていない扉は、カラカラと乾いた音を立てて横に流れた。
手入れの行き届いた広い庭を小走りで玄関まで行く途中で、部屋に明かりがついているのが見えた。 家族の誰かが在宅なんだろうか? それとも、最近多い防犯目的の“なんちゃって在宅”の明かりなのかも知れない。 年代物の立派な玄関の扉をノックしながら、ぼくは大きな声で叫んだ。 「田中さーん!卓Q便でーす。お荷物が届いてますよーっ!」 返事はなかったけれど、明かりがついている部屋で人影が動いたような気がした。
ぼくはその部屋に近づき、もう一度叫んだ。 「田中さーん!卓Q便でーす」 すると、今度はカーテンが開いた。 窓越しにぼくを見ていたのは、車椅子に座った20代前半の女の子だった。 顔立ちも服装も清楚な印象だった。 こうゆう商売柄、女性と接する機会は多いけど、ジッと見つめられるとやはり照れてしまう。 それも、明らかに年上と思われる人や高校生以下の子に見つめられるより、同年代の女の子に見つめられるほうが照れてしまうのは何故だろう? こんなのぼくだけ?
ぼくは右の脇に抱えていた荷物を左手で指差し、これを届けるのが訪問目的であることをゼスチャーで伝えた。 その女の子は精いっぱい微笑んでくれたけど、どこか・・・なんか・・・様子が変だった。 帽子のツバに手をやり、ぼくも微笑みを返した。 女の子が家の奥のほうに向かって、必死に何か叫んでいるのが見えた。 きっと親を呼んでくれているのだろう。
すぐに玄関の扉が開き、母親が出てきた。 「卓Q便さん、お待たせしてごめんなさいね。代引の荷物でしょ。いくらでした?」 ぼくは玄関先に移動しながら、伝票を見て金額を伝えた。 「31,747円です」 母親は手にしていた茶封筒から現金を取り出し、重厚すぎるほど立派な靴箱の上に並べた。 「ちょうど用意してあるから、確認してね」 今日は代引(だいびき=代金引換荷物の略称)が多くて釣り銭が不安だったので、かなり救われた気がした。 「ありがとうございます」 4万円を出されたらどうしようかと冷や冷やしていたから、感謝の言葉にも自然と力が入る。
母親が女の子に向かって言った。 「舞ちゃん、このお兄ちゃんがクリスマス☆プレゼントを届けてくれてよかったね」 すると、女の子はまたアゴを引くように・・・引きつったように・・・笑った。 このとき、ぼくにはその言葉の意味がわからなかった。 だけど、嬉しい気分になったので、たぶん最高の笑顔で会釈をしてその屋敷を後にした。
ぼくはクルマに乗り、飴玉をひとつ口に入れた。 あの女の子が知的障害だとゆうことは、一目見てわかっていた。 学校に通うこともなく、恋をすることもなく、ああやって温室のなかでずっと親に育てられる人生なんだろうか? 親が生きているうちはいいけど、もしも亡くなったらどうするんだろう? 全く余計なおせっかいだな・・・。
でも、娘が年頃になり、外部の者と接触する機会はないけれど、それでも、きれいにお化粧してやりたいと願う親心が妙に嬉しかった。 女の子の純粋な笑顔を思い出すと、たぶん初めて買ってもらった化粧品なのかも知れない。 親になったことがないぼくには、とてもうまくは説明できないんだけど・・・。
少年時代のぼくには、貧しい家に生まれた不幸を嘆いたことが何度でもある。 今でも、今度生まれ変わるときには、お金持ちの家に生まれたいなと思うこともある。 それがずいぶん恥ずかしく思えてきた。 五体満足に産んでもらったことだけで、親には感謝しなければ・・・。
冬の日暮れは早い。 仕事モードに戻ると、あたりはすっかり闇に包まれていた。 思いがけず頬を伝った二筋の涙をジャンパーの袖で拭い、ぼくはすぐにハンドルを握りしめた。
◇ ◇ ◇ ◇
[イメージ]画像・・・ 夕暮れどきのイルミ♪ ケータイ横向きで・・・ ↓さーさークリック↓
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