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2006/05/20(土)
切符とりの少年 第1話
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1998年8月。
祐太は16歳の高校2年生。 家のすぐ近くにある港でバイトをしていた。 勤務時間は11時からの1時間と、21時30分からの1時間。 1日2時間、しかも港が帰省ラッシュを迎える6日間だけの短期バイトだ。 祐太がこの仕事を始めたのは、高校の大先輩でもあるバイト先のCDショップの店長(32)に勧められたからだった。
店長と同じ高校の部活の先輩に藤野(33)とゆう人がいて、店の常連客だった。 フェリー会社に勤めていた藤野は、祐太が自分の後輩でもあり、住んでいる場所が港から近いことも知っていた。 そこで、祐太に白羽の矢を立て、店長を通じて打診してきたのだ。 「藤野さんが言うには、あそこの船のイメージに祐太がぴったりなんやって」 店長から聞かされたとき、祐太はお世辞だと思った。 確かに漁師の孫ではあったけれど、海の男には程遠い“もやしっ子”であることは、本人がよく知っていたのだ。
祐太は、夏休みぐらいは少しのんびりしたいと思っていた。 「ここの店の時間は前にスライドしてやるけん、先輩の顔立ててやってもらえんか?」 店長のある程度必死の説得にもうわの空で、祐太はなんとか断わる口実だけを考えていた。 しかし、店長の口から飛び出した一言で目が輝いた。 「あっ、そうそう。時給は2千円出してくれるそうや」 6日間でたった12時間、それだけで2万4千円! 極貧生活をしている祐太にとって、これは目の醒めるような幸運だった。 「ぼく、やります!」 それから話はトントン拍子に進んだ。
祐太の仕事は簡単なものだった。 大型フェリーが接岸すると、ペアになっている社員と2人でタラップを押してゆき、舷側に取り付ける。 2人はタラップの下で左右に分かれて立ち、降りてきた客から乗船券を回収する。 それが終わると、すぐさま待合室へ行き、これから乗船する大勢の客を1人で岸壁まで先導する。 そして、フェリーの乗組員から合図があり次第また社員とペアになり、乗船券にハサミを入れた客から順に船内へ入ってもらう。 これが一連の作業だ。
8月12日から始めたバイトは4日間、何事もなく過ぎていった。
そして迎えた5日目、16日の夜。
熱帯夜の待合室は、関西方面へのUターン客と、それを見送る人たちでごった返していた。 祐太はガラス1枚を隔てた事務所でマンガを読んでいた。 サボっていたわけじゃない。 事務所で待機している数分間は、自由にしてよいのだ。 だが、あまりの混雑を見かねた所長の指示で、祐太が岸壁へ向かう通路に客を出すことになった。 イライラしている客もいて、うまく誘導できるか不安だったが、命令とあれば仕方ない。 「関西方面行きのお客様に連絡です。関西方面行きのお客様に連絡です」 「乗船開始時刻まで30分ほどありますが、外の通路でお待ちになりたい方は、ぼくについてきてください」 大勢の視線を浴びて少し緊張したが、とりあえず所長に教えられたことを無難に言えた。 通路の入り口のチェーンを外して数メートル離れると、祐太に向かって人の流れができた。
祐太は待合室と間もなくフェリーが接岸する岸壁の中間地点で立ち止まり、両側の手すりをチェーンでつないだ。 これ以上進んでは、船を降りてきた客が通り抜けできなくなってしまう。 ギリギリの場所がそこだった。 しかし、後ろのほうにいるお客さんには、そのことがわからなかった。 「なにやっとんや!止まるな!」 「はよ行かんかい!」 「船会社のもんは出てこい」 汚い罵声が飛んできた。
「ここから前には行かんといてくださいね」 祐太はすぐ後ろにいた家族連れに告げた。 「ぼくも大変やねえ。がんばりや」 同情してくれる人の良さそうなおばちゃんの言葉に、祐太はうなずき微笑んだ。 そして、隣の通路に出て、待合室の方向へ引き返した。 罵声を投げかけてきた数人のグループは、すぐにわかった。 酔っぱらっているんだろう。 明らかに目つきが違っていた。
「申し訳ないんですけど、これ以上前には行けんのですよ。しばらくの間ここでお待ちいただけますか」 祐太はそのグループに近づき、毅然として言い放った。 「なんやとーっ!」 「横着ぬかすガキやのう」 「待てんから言うとんや!」 たちまち3倍、4倍返しだ。 「すいません。ここで待ってもらうしかないんですよ」 祐太は彼らの怒りの矛先が自分に向かってくることに納得できなかったが、とりあえずペコリと頭を下げた。 騒動の近くにいる他の客が、「かわいそうに」とでも言いたそうな渋い顔を作っているのがわかった。
「子どもは引っ込め!責任者呼んでこい!」 「あ、はい・・・・」 とうとう言われてしまった。 責任者を出せと言えば、クレーム対応している者への殺し文句になるとでも思っているのだろう。 実際、なんの権限も持たないバイトとしては、上司に相談する以外に方法はないのだ。 しかし、そんなことより、ガキだ、子どもだと何度も言われたことのほうが、祐太は涙が出るほど悔しかった。 事務所に行き、所長に事情を説明して助けを求めた。 「よっしゃ。わかった。そこはわしが出て行くけん、祐太はすぐタラップへ行って切符取ってくれ」 「はい」
祐太は事務所を出た。 白い大型フェリーがオレンジ色のハーバーライトに照らしだされ、今まさに接岸しようとしていた。 急がなければ。 さっき先導したばかりの人の列を右に見ながら、岸壁に向かって走った。 例の目つきの悪い客が何か言ったようだが、祐太は聞こえないフリをして走り去った。
(続く) 続きがいつになるかは未定です。(笑)
【イメージ画像】 ↓切符とりの少年↓
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