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2005/01/29(土)
盟主をやって、1年間を振り返る・・・これから盟主をやるすべての人へ
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放浪のDEラクシです。 いままで、盟主をやってきて、いくつか思ったこと、そしてその上でわかったことを、書いていきたいとおもいます。 けして愚痴などではなく、考察に近い感じ。あくまで主観、盟主としての立場のみで書くので、各々のプレイスタイルなどの批判などではありません。 あくまで盟主という物をやってみてどうおもったかということです。
盟主にとって、自分の血盟とは、リネの中では帰る場所であり、PTとも寄り合いとも、同盟とも違う場所です。 盟主は、その血盟を作るさい、いろんな気持ちを持って血盟を作っているんだとおもいます。城取り、戦争、PK、イベント、チャット・・・いま目の前にいる仲間と一緒に、これからリネの中を生きていく・・・自分の最初におもった目標を目指して・・・それが血盟創設のきっかけとなるのです。
わたしは、ほかのゲームの漫画を読み、一緒に遊んで一緒に冒険し、馬鹿話をして、時にはイベントをやり、そういうものをしたくていまの血盟を作り上げました。 クラハンや、いつかはみんなであちこち回りたいと、そういう気持ちでこの血盟を作りました。
さて、最初はクラン員も盟主もその温度はそれほど差はありません。クラン内での狩が少なければだれかが声を上げ、クランを良くしていこうと、さまざまな意見交換や、不満やその改善策が出されていきます。 戦争くらんであれば、いかに強くなるか、いかに人より先に前へ出るか・・・そしてPTスキルなど磨くためにあらゆることをしたでしょう。
少しずつ時間がたち、ある程度まとまってきたところで、血盟員を増やそうという話はどこでも上がることです。このころから、少しずつクラン員と、盟主の役割は変わり、温度に差が出始めてきます。 理由は、新規のクラン員は、古参面子に遠慮し、盟主にただ意見交換や改善してほしいことなど発言もなく、ついていくことが多いからです。 このころから、盟主はある意味いろんな意味で「血盟員とは違う唯一無二の存在」になってしまうのです。
しばらくすると、旗付けやクランレベルUPが見えてきます。誰しもそれを望み、盟主も旗をつけたいと願い、盟主はがむしゃらにSPをため始めます。そうすると、盟主の血盟への思い入れは、並々ならぬものになってきます。 旗をつけるために必要なSP600Kをため、そこにいたるまでのアデナ3Mをさまざまに工面しかき集め、そして、クラン員とともに(できれば)血の証をとりにいく。
レベル50付近にもなれば、SP600Kというのはたいしたものではないです。 しかし40前の個人にとっては、その数字は巨大です。自分のとりたいスキルを我慢し、スキル上は、「誰よりも弱い」のです。 アデナも、みんなに負担してほしいが、それ以上に自分が負担するケースが多いです。40前のきゃらに3Mという数字は1財産です・・・むしろそんなにためることは不可能です。
アデナを受け取るとき、みんなにいろんな言葉をかけられます。「よろしくね」「がんばったね」「これでうちらも胸がはれるね」・・・旗をつけることは、盟主にとって1人前になった証でもあります。 私も、旗がついたとき感無量でした・・・いつまでもこの旗をつけて旅をしたいとおもっていました。
盟主は、最初に強い思いを抱き、友人たちの気持ちを背負って血盟を作ります。 そして、労力をかけ、身を削り、我慢をし、その旗をたちあげます。 時には、恥も外聞も捨てナンパしにもなり、むかつくプレイヤーがいても、ぐっとこらえ「^^」な、まーくもうちこみます。
血盟レベルを上げてくれとは頼んでいない、プレイスタイルが違う、そんな言葉をたまにちらほら聴きます。
盟主のプレイスタイルとは、血盟員と一緒に遊ぶことが一番楽しい人種なのです。
盟主が悩み、その末にその旗を折る理由は・・・その盟主のきゃらを捨てても仕方ないほど、寂しさを感じたときにほかなりません・・・・
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